Accounting

新型コロナウイルスと上場廃止とKAM

(記事にはプロモーションが含まれることがあります。) 

本日の2020年3月18日、会計や監査の業界にインパクトを与えるニュースが2つありました。ようやく日本でこの手のリリースが出たかと思う一方で、監査人は厳しい立場に追い込まれた感じを受けました。

 まず、飛び込んできたニュースは、日本取引所グループの「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた対応方針について」と題したリリース。その具体的な内容は、「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた対応方針の概要」にまとめられています。

 監査人による監査報告書で「意見不表明」となると、平時なら上場廃止。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響によって意見不表明となった場合には、上場廃止の対象外とする記載が示されています。

 この取扱いを見たときには、「そうだろうな」と納得する一方で、監査人の責任がますます重くなった印象を受けました。いくら上場廃止基準に触れないとはいえ、意見を表明しないという判断を下すのには慎重にならざるを得ない。

 新型コロナウイルスの影響は、特定の業種に限りません。これほどまでにサプライチェーンが広がっている状況では、決して少なくない数の監査で意見不表明を検討することになると考えられます。

 また、年度決算だけではなく四半期決算もあるため、3月決算だけに限った話ではありません。ほぼすべての決算期が検討対象になりかねない。意見不表明の判断は監査チームだけで行えるものではないでしょうから、上級審査の嵐となる状況が想像できます。

 監査人だけではなく、上場企業にとっても、監査人が意見不表明とすることをそうそう受け入れるとも思えません。いくら上場廃止基準に触れないからといって。「じゃあ、意見不表明で構わない」とは簡単に言わないでしょう。上場廃止以外のインパクトの広がりが読めませんからね。

 そんなことを考えていたら、次は日本公認会計士協会からのプレスリリースが出されました。それは、「新型コロナウイルス感染症に関連する監査上の留意事項(その1)」 と題するもの。

 このリリースで言わんとすることは、新型コロナウイルスがあろうがなかろうが、会計監査で求められている監査手続はちゃんとやりなさい、ってこと。当たり前ではありますが、手を抜いてはいかず、十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならないことが改めて確認されています。

 これは、海外の会計監査に関するリリースと同じ論調です。日本だけが異なる対応を示しているものではありません。何も問題はないものの、ここまで一つ一つ規定を示しながらのリリースが出されると、平時における会計監査を有事においても全うする必要があります。

 この結果、何が起こるかというと、平時とは違って「無限定の適正意見」以外の監査報告書を報告するケースも決して少なくはないだろうと考えられます。同じ適正意見であっても限定付であったり、不適正意見であったり、あるいは、意見不表明であったりと。

 ちょうど2019年9月3日に「監査基準の改訂に関する意見書」が公表されました。この改正によって、通常と想定されている無限定適正意見とは異なる意見が表明される場合には、なぜその意見となったかの根拠を十分かつ適正に記載することが明確化されたところ。

 この改正は、年度決算なら2020年3月期以降から適用されます。つまり、今回の新型コロナウイルスの関係で無限定適正意見以外の監査意見になると、さっそく改正監査基準が適用されます。改正事例がいきなり沢山出てくるかもしれないのです。

 実務的には、なぜこの意見なのかの根拠についてしっかりと書くべき改正が求められるタイミングとなるのです。監査チームの検討はもちろんのこと、監査法人内の審査、企業との協議など、普段とは異なる対応に迫られる。この新型コロナウイルスの対応で平時とは異なる監査を実施しなければならないときに。

 また、この影響はKAM(監査上の主要な検討事項)の早期適用にも及びかねない。3月末決算会社だと、この2020年3月期からKAMを早期適用することができます。監査チームや上場企業はKAMの早期適用に向けて準備を進めてきたところも少なくありません。

 ところが、この新型コロナウイルスの影響によって、企業も監査人も対応すべき事項の優先順位ががらりと変わってきます。当初、KAMとして設定していた事項があっても、期末日を向かえる時点になって、新型コロナウイルスへの対応に追われています。この結果、KAMの早期適用は優先順位が下がることも考えられるのです。

 う~ん、これからの数ヶ月、企業も監査人もシビアな判断が求められる局面があると覚悟しておいたほうが良い。日本で起きた大震災と同じ対応をすれば楽観視している人がいますが、それは間違い。影響の物理的範囲がまったく違います。

 適切な対応が行えるために、少し先に起こりうる事態を想定しながら、手を打って行きたいところ。一緒に乗り越えていきましょう。

P.S.

日本におけるKAM早期適用事例の分析について、当ブログでは「財務報告の流儀」というシリーズ投稿で解説しています。ただ、ワンコインの有料コンテンツとして提供しているため、「お試し版」をこちらで用意しています。

P.P.S.

2020年3月期に早期適用されたKAMについて分析した結果は、拙著『事例からみるKAMのポイントと実務解説』にてご覧いただけます。まずは、こちらの紹介ページをご確認ください。

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