ふと手にした本から、思わぬ気づきを得ることがあります。今回、得た気づき、いや、仮説は、日本がのれんの非償却に違和感を覚えるのは、ビジネスモデルに原因があるのではないか、ということ。
自宅の本棚から一掴みしたのは、会計専門誌『Accounting(企業会計)2017年7月号』。パラパラとページをめくっていたときに、明治学院大学教授である藤田晶子サンによる会計時評「フランスにおけるのれん非償却化の背景」が目に入りました。
フランスののれんの会計処理
この記事では、フランスにおける2015年の改正で、のれんが償却処理から非償却処理へと変更された際に、すんなりと通ったことが説明されています。従来、買い入れのれんから、顧客関連の無形資産の「市場シェア」を切り離すことが認められていたとのこと。
多額に計上されていた「市場シェア」は非償却として取り扱われていました。その内容は、高い市場シェアをもたらす「ブランド」や「顧客リスト」と同義のようだったそうです。しかし、IFRSの無形資産の定義を満たさない。そこで、のれんに含めるよう改正されます。
この改正にあたって、市場シェアの会計処理について、20年償却とするか、あるいは、非償却とするかは、企業の裁量に委ねられます。ここで、非償却処理とすることには大きな論争が起きなかったといいます。のれんの非償却化に対する批判の声が大きくなかったようです。
エルメス社は184年も続くブランド
この話を聞いて思い出したのは、フランス企業であるエルメス・インターナショナル社 (Hermes International)。あのオレンジ色が印象的な、革製品メーカーです。
ちなみに、ボクはエルメス関連で唯一、所有しているものが、竹宮惠子サンによるマンガ『エルメスの道』。マンガといっても、普通のマンガとは異なります。エルメスの唯一の社史として位置づけられたもの。これも、書店でたまたま目にして買ったもの。おそらく、1997年に出版された当時に入手したハズ。今は、文庫版が発売されていますね。
エルメス社の財務諸表は存じ上げませんが、1873年創業のため、今年2021年で184年の長寿企業。ブランドを築き、また、長期にわたってブランドの価値を維持しています。単なるモノ売りの感覚では、ここまでのブランドを維持することはなかったでしょう。
ブランドというのは、簡単にいえば、お客さんの数。ブランドがあるからこそ、市場シェアも一定割合以上を占めることができます。また、お客さんとの関係を丁寧に扱っているからこそ、顧客リストが価値を生み出します。よって、減価していく感覚はないでしょう。
つまり、ブランドが提供価値のビジネスモデルの場合には、市場シェアという無形資産やそれを含むのれんについて、償却処理するほうが違和感をもつと容易に想像がつきます。184年もブランドの価値を守り続けていることが目の前で実証されているのです。こうした資産を非償却として取り扱うことが腑に落ちることでしょう。
ものづくり日本の発想
翻って、「ものづくり」が代名詞であった日本企業のビジネスモデルは、価値提供は製品そのもの。製品を作って売るという発想がベースにあります。欧米の企業のように、製品を売りながらも、その実質は価値観、世界観というビジネスではない。例えば、スターバックスはコーヒーを提供することがビジネスのコアではありません。空間を提供するビジネスモデル。
製品を作って売る発想のもとでは、資産とは製品を製造するために使用するもの。物理的に存在しているため、使えば使うほど、見るからに減価していきます。償却という発想がなじむのも納得です。また、のれんの償却を支持する根拠のひとつが、有形固定資産が減価償却するから同じように扱う、というもの。
でもね、ビジネスモデルが違うのですよ。184年もブランドを守り続けているビジネスではない。会計に至る手前のビジネス、また、そのビジネスを構築しているモデルが違うのです。そりゃ、非償却が当然なのか、償却が当然なのかの感覚が変わるのも当然。
のれんの償却議論って、想定しているビジネスモデルの違いに行き着くのかも。そんな仮説に至りました。あなたは、どう思いますか。