ISSBのS2基準における「リスク管理」では、機会(opportunities)についての開示が求められています。TCFD提言の推奨開示ではリスクしか明記されていなかったところ、S2基準では、機会についても、その識別、評価、優先順位付け及び監視に使用するプロセスを開示しなければなりません。
興味深いのは、TCFD提言の4つの柱における推奨開示に「機会」が含まれていなかったのは「リスク管理」だけでした。他の「ガバナンス」「戦略」「指標及び目標」では、気候変動に関連するリスク及び機会に関する情報の開示が求められていました。推測するに、設定した当時は、機会以上にリスクの識別を求める意向が強かった現れかもしれません。
もっとも、TCFDに基づく開示の実務では、「リスク管理」においても機会を含めている事例が少なくありません。TCFD提言が財務的影響の要因として気候関連のリスクと機会との評価・開示を推奨していたことを踏まえると、リスク管理の開示だけ機会を除外する合理的な理由がありません。そうした実務を踏まえると、この点に関するS2基準への移行はそう難しいものではないでしょう。
こうして気候関連のリスクと機会を評価すると、その評価結果を取締役会に報告することとなります。また、取締役会での議論に基づき、経営陣による執行の内容も影響を受けるでしょう。すると、リスクと機会に関する伝達の経路が欠かせません。
TCFD開示では、「ガバナンス」の説明にあたって、こうした経路を図示したものを掲載している事例があります。その多くは、リスクと機会とが区分されていません。これらが統合された中で、取締役会における監督と経営陣による執行とが行われているためと考えられます。
しかし、リスクと機会に関する伝達の経路は、必ずしも統合されるものではありません。企業の置かれた状況に応じて区分されているケースもあるでしょう。実際、それらを区分して開示している海外事例があります。
そこで今回の記事では、気候関連ガバナンスについて、リスクと機会とに対応する機関を区分して図示した事例を紹介します。今後、注意したいのは、ISSBのS1基準における「リスク管理」では、リスクだけではなく機会についても開示を求めている点です。そのため、気候変動はもちろんのこと、それ以外のサステナビリティ開示においても、ガバナンスのレベルによっては関連するリスクと機会を監督・執行する機関が異なる状況もあると想定されます。そうした状況における開示についてのヒントも得られます。