温室効果ガス(GHG)排出量の開示制度は今、根本的な転換点を迎えています。長らく企業のサステナビリティ情報開示を支配してきたのは、世界資源研究所(WRI)と持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)が策定した、いわゆるGHGプロトコル基準でした。この枠組みは企業の自主的開示を牽引するとともに、スコープ1・2・3という排出区分を世界共通の言語として定着させてきたのです。
しかし、2023年に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が公表したIFRS S2「気候関連開示」は、既存の秩序に静かだが本質的な制度的再構成をもたらしています。表面的にはGHGプロトコル基準を踏襲しているように見えるものの、実際には制度の内在論理を刷新しているのです。その制度設計の核心が、2025年5月にIFRS財団が公表した教育的資料に明快に示されています。
- 「Greenhouse Gas Emissions Disclosure requirements applying IFRS S2 Climate‑related Disclosures」(仮邦題:IFRS S2「気候関連開示」を適用する際の温室効果ガス排出量の開示要件)
https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2025/05/educational-material-ghg-ifrs-s2
そうそう、2025年6月19日には、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が、これを補足文書「教育的資料『IFRS S2号『気候関連開示』の適用にあたっての温室効果ガス排出の開示要求』」として翻訳していますよ。
本稿では、これを手掛かりにIFRS S2の新たな制度設計の全貌を読み解いていきます。まさに「古き良き時代」への静かな決別の物語なのです。