こんにちは、企業のKAM対応のスペシャリスト、竹村純也です。
収益認識の新基準が読みにくい。そういう声を聞きますよね。日本語で書いてあるのに、わかりにくいったらありゃしない。確かに、ボクもそう思います。
では、質問。なぜ、収益認識の新基準がわかりにくいのでしょうか。他の会計基準と何が違うのでしょうか。
その答えが、企業側もKAM(監査上の主要な検討事項)に対応しろと言われているのに、何をするのかがわからない状況と似ています。なので、今日は、そのことについてお話ししていきます。
翻訳が原因の経験、ありませんか
収益認識の新基準である、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」は、IFRS第15号をベースに作られています。これとの違いが大きいと、国際的な会計基準と比較可能性がなくなるため、基本的には、その内容をそっくりそのまま受け入れています。すると、収益認識の新基準が読みにくいのは、IFRS第15号に原因があります。
以前、収益認識の新基準が読みにくい原因に、翻訳に原因があるのではないかと仮説を立てたことがありました。直訳ではなく、わかりやすさを前面に押し出した意訳をすれば、理解しやすくなるのではないかと勝手に推測したのです。
というのも、日本の監査基準委員会報告書で、たまに、そういう現象があったから。記載されている文章の意図がつかみにくい、と思ったときに、元となる国際監査基準にあたると、意図するところがつかめた経験が一度や二度ではなかったのです。
以前、KAMに関する監査基準委員会報告書を会計士仲間と読み合わせていたことがありました。監査基準委員会報告書701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」に規定された内容で、一部、どう理解してよいのかがわからない箇所がありました。
そこで、ボクは「原文にあたってみたら解説するかも」と提案。さっそく、みんなで原文を読み始めます。すると、疑問を抱えていた仲間が、「ほんとだ、原文を読んだらわかった」と嬉しそうな声をあげました。
こんな経験があったため、収益認識の新基準のよみにくさは、日本語への翻訳が原因だとの仮説を立てるに至りました。それはもう1年以上も前のことでした。
答えは、抽象度の高さ
いざ、IFRS第15号の原文と向き合ったところ、ボクの仮説はあっけなく棄却されました。見事に撃沈。そりゃそのはず、会計に精通している人が翻訳しているのだから、そうそう変な日本語にはなりません。
読みにくさの原因は、日本語の翻訳ではなく、IFRS第15号の文章そのものでした。
では、なぜ、IFRS第15号が読みにくいのか。その理由は、抽象度の高さにあります。
というのも、収益認識について包括的な会計基準を開発することを目的として、IFRS第15号は作られたから。米国の会計基準のように業種によって収益認識のルールがあるのではなく、どのような取引にも適用できるひとつのルールを作りたかったのです。
コンビニのような、モノとお金を引き渡して終了する取引だけを考えるなら、簡単だったでしょう。また、ダムのように、何十年もかけて建設するような取引も、それだけを考えるなら、簡単だったでしょう。しかし、どのような取引でも、たったひとつの会計基準に基づき処理したかったのです。
これを裏返せば、コンビニもダムも同じルールで売上が計上できなければならないのです。これらに限らず、世界中で行われる顧客との取引がひとつのルールで処理されるのです。国や地域が変われば取引も変わるかもしれません。将来に新しく生じる取引もあるかもしれません。基準開発者が想定しなければならない取引の範囲は、驚くほどに広い。
まるで、チワワやトイプードルといった犬種ごとに可愛さを話すのではなく、哺乳類としての可愛さを話さなければならない状況です。「体が小さいから可愛い」「くりくりとした目が可愛い」「しっぽの振り方が可愛い」なんて話はできないのです。
このように顧客とのありとあらゆる取引をたったひとつのルールでまとめるには、抽象度を思いっきり高くする必要があります。これは、具体性がなくなることを意味します。だから、わかりにくいのです。
収益認識の新基準の攻略法
収益認識の新基準は抽象度が高く作られています。この規定から自社の取引に当てはめていく行為は、哺乳類としての可愛さから、チワワやトイプードルの可愛さに抽象度を下げていくことに他なりません。
「体が小さい」という可愛さを導くためには、哺乳類だけを理解していても無理。哺乳類という抽象度の高いレベルだけではなく、チワワやトイプードルといった犬種レベルまで落とし込めるほどに具体性を理解していなければなりません。
すると、収益認識の新基準を攻略するには、各規定の文言を理解しようとするのではなく、その規定に該当する取引をいかに具体的に結び付けられるかが大事だといえます。
そうそう、企業のKAM対応も、「対応しろ」というお題目だけでは動けません。具体的に何をするかが提示されると、動きやすくなります。まあ、そこはボクの研修を参考にしていただくとして。
具体的な取引を理解せよ
収益認識の新基準と具体的な取引を結びつけるには、解説本を活用するのがオススメ。
そういう意味では、まだ発売されていないものの、チェックしたい本があります。それは、会計士の金子裕子サンと植野和宏サンによる『注文の多い料理店で学ぶ収益認識会計』(中央経済社)です。このタイトルを見ただけで、具体性が満載な予感。同じ著者の端くれとして、この企画は悔しい限り、ホント。
発売されるまでは、ASBJ事務局による解説書『詳解 収益認識会計基準』(中央経済社)をカバンに忍ばせておきますよ。本書はなんといっても、基準を作成している組織が解説しているので、内容に安心感があります。それと、紙媒体に基準や適用指針が収録されている点も好きなところ。細かな工夫として、本文と結論の背景とでタブを変えているのも使い勝手が良いです。
3月決算会社では、収益認識の新基準が強制適用となるまで、あと、5ヶ月。一緒に円滑な導入に向けて進んでいきましょう。もちろん、KAMもお忘れなく。収益認識の新基準が強制適用される年度では、きっと、KAMに取り上げられるでしょうからね。
P.S.
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P.P.S.
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