唐突だけど、「理不尽」って言葉があるじゃない? 道理に合わないことや、筋が通っていないことを指す言葉。
ボクが好きなジェニーハイっていうバンドの歌に『ジェニーハイラプソディー』というものがありますが、そこでは理不尽な世の中が歌われていました。メンバーの新垣隆サンのことを曲中で「ゴーストライター」と連呼していますからね。曲の最後は、「ラプソディーって、なんなん?」とつぶやいて終わります。
この歌じゃないけど、「リスクアプローチって、なんなん?」と理不尽に感じたことがありました。腑に落ちないというか、釈然としないというか、何だか気分が収まらないことがあったのです。
それは、昨日の2020年11月6日に開催された企業会計審議会でのこと。そのメインは、「その他の記載内容」に関する監査基準の改訂。これについては、昨日のブログ「監査基準で改訂された『その他の記載内容』のKAM影響」でお伝えしたとおり。
でも、別の話題で企業会計審議会は盛り上がっていたんですよ。終盤の議論で、ある委員の発言がきっかけで、財務諸表監査の話になりました。ボクの記憶によれば、こんな話。監査はリスクアプローチで監査リソースを重点的に配分しなければならないのに、監査計画の時間は前年とあまり変わらない、と。
こういう論調の話は、会計士ではない方から聞くことがあります。重点的に監査を行うべきだから、他のところは何もしなくても良い、と言わんばかりに迫ってくる人がいます。あっ、企業会計審議会の委員のことではなく、ボクが経験してきた狭い範囲でのことね。
これ、お門違いも甚だしい。本心を包み隠さなくても良いのなら、「出直してこい」と一蹴して終わり。もちろん、大人なので、実際は丁寧に説明しますけどね。まあ、土曜日のブログ投稿というアクセスも少なめな時期のため、カジュアルな感じで聞き流してください。
確かに、リスクアプローチは、リスクが高いところに重点的に監査リソースを配分していきます。企業のことやビジネスのことを理解せずに、勘定科目の性質だけを見て監査をしてきたことの改善策として、虚偽表示リスクを見定めたうえで監査手続を実施することが求められているのは事実です。
しかし、だからといってリスクが高くはないところは監査をしなくても良いとはならない。なぜなら、財務諸表に対して保証を行うから。今年の財務諸表も適正に作成されているよね、ということを検討するのが監査だから。例えば、のれんの減損がリスクの高い項目だからといって、他の科目を検討しなくても良いことにはならないのです。
こういう論調は、内部監査のように、今年は固定資産、来年は原価計算といったように、テーマを定めていくことを念頭に置かれていることが多い。今年のテーマを徹底的にチェックして、問題点を探り出し、改善していくもの。そういう業務改善を目的としているなら、リスクが高いところ「だけ」を検討していくことは理にかなっています。固定資産をテーマにした年度では、他の項目には一切、リソースを配分しないことも可能です。
ところが、財務諸表監査はそうはいかない。それでは、適正意見を形成できないから。財務諸表が適正に作成されていることの監査証拠を入手しなければ、「この財務諸表は信頼できますよ」という保証を付与することはできません。こうした監査意見を表明するにあたって、リスクの高い項目に監査資源をより多く配分するのがリスクアプローチであって、決してリスクが高くない項目に監査は不要というものではないのです。
また、リスクの識別は、監査人の主観に依らざるを得ないため、重要な勘定等についてはリスクアプローチとは別に実証手続が必要なことが、監査基準委員会報告書に明記されています。だから、リスクが高くなくても、重要な勘定等に該当するなら、一定の監査手続をしなければならない。これを実施していなければ、真っ当な監査を行っていないことになります。
ただ、1点、言えるとしたら、この重要な勘定等の「重要」の捉え方。監査基準委員会報告書では、この「重要」は定義されていません。なので、各監査法人のポリシーに基づき実務が展開されます。この解釈次第では、「リスクアプローチと言いながら、メリハリのない監査が行われている」と企業側からの誤解を招きかねないのです。
おそらく、多くの監査法人では、この「重要」は金額的な重要性として解釈しているかと。リスクの識別が主観であって質的な側面があるため、量的な側面から補足するなら金額的な重要性に落ち着くからです。ただ、この金額的な重要性は、監査手続を実施するにあたっての重要性であるため、企業の方が想像するよりも相当に低い水準であるケースが少なくないでしょう。
その結果、「こんな少額な科目でも、そんなに手続をするのか」と驚かれる状況を招いている。そのため、「どこがリスクアプローチなんだ」と誤解されているのではないかと。
したがって、リスクアプローチの下で監査リソースの配分をより最適化するには、重要な勘定等について金額的な重要性に必要以上に囚われないような【環境】が大事だと考えます。そこでの「重要」の定義がない以上、監査法人や監査チームが合理的に説明できるならば、それで十分ではないでしょうか。
今、【環境】と強調したのは、そのように解釈した運用を行ったときに、会計士協会の品質管理レビューや金融庁検査の担当者が自身の在籍していた監査法人のポリシーこそが是として批判されるリスクがあるため。だから、会計士協会として、重要な勘定等の硬直的な運用を改善するような発信があっても良いハズ。
残念なのは、企業会計審議会の場で、会計士協会の代表として出席された方の答弁が、ご意見を賜りました的な発言だったこと。いやいやいや、そこはリスクアプローチでも意見を表明する以上、リスクが高くはない項目にも手続が必要な点や、重要な勘定等への手続が要求されている点を説明したうえで、重要な勘定等の「重要」について検討の余地がある、くらいのことをお話しいていただければ、理不尽な気持ちになることもなかったでしょう。もし、そういうつもりの発言であったとしたなら、明らかに説明不足。これが、昨日の企業会計審議会の議論を聞いていて理不尽に思った点です。
とある監査の研究者の先生がその場でフォローしていただいたのが、せめてもの救い。議事録がアップされたときには、この辺りにもご注目ください。
ということを、昨日からずっと胸につかえていたため、こうして話を聞いていただきました。いいよね、たまには。こういうのも。土曜日だし。