大変です。ニュースです。
先週の金曜日の11月2日、金融庁から開示府令の改正案がリリースされました。
これ、財務諸表の作成者にとって、KAM(監査上の主要な検討事項)への対応の外堀が埋められたと言ってもいいほどのインパクトなんです。
KAMとは、これから会計監査の監査報告書に記載することになる事項。これによって、監査対象の会社に固有のリスクなどが表に出てしまう可能性があります。
例えば、減損の見積り。KAMとして選んだ理由として、「これこれこういう理由で減損の兆候がある」「兆候が見られそう」などと監査報告書に書いていきます。それは、減損損失を計上しようがしまいが関係なく記載します。
一方で、現状では、減損損失を計上したときには、ある程度の注記はするものの、その計上に至らなかったときには、注意は不要。
このように、KAMで会社の固有のリスクを書くときに、それを会社が開示していない場合が考えられます。また、開示していても、KAMの観点からは十分な開示となっていない場合もあるでしょう。そのような場合に、監査報告書でその不足を補う訳にもいかないことから、企業に開示してもらうよう促す取扱いとなっています。
しかし、KAMで記載する内容によっては、会社が開示するのを抵抗する局面が想定されます。
改正された監査基準では、会社がその開示を拒んでも、必要と判断したときには、KAMとしてその内容を書くことが求められています。
とは言っても、そんな局面になれば揉めるのは必至。「守秘義務の範囲だ。書く必要はない」と反発する事態もあり得るでしょう。
そもそも、日本の会計基準では見積りや仮定などの注記をあまり明確に求めていないため、国際的な会計基準に比べて少ない状況にあります。
もちろん、今の規定でも、必要な注記は決算書に書くことになっています。たとえ「これを書け」とは具体的に規定されていなくても、必要と認められるなら注記することが求められています。
ただ、現場では、「会計士は必要と認めても、会社としては必要と認めていないので注記は不要だ」といった解釈論にもなりかねない。そんな状況を想定してか、財務会計基準機構では、開示の拡充について議論を始めています。
しかしながら、まだ検討の途上のため、開示を拡充することは正式に決まっていません。方向性が決まるまで時間がかかりそうだなぁと思っていたところに、さきほどお話しした、金融庁からの開示府令の改正案のリリース。MD&Aで、こんな記載が求められるのです。
会計上の見積りや見積りに用いた仮定について、不確実性の内容やその変動により経営成績に生じる影響等に関する経営者の認識の記載を求めることとします。
これによって、見積りや仮定について有価証券報告書に記載すべきことが明確に規定されたのです。もう、財務諸表の作成者は、必要だ不要だの解釈が言えません。
しかも、この適用はKAMの早期適用と同じ。3月決算会社なら、2020年3月期からの適用(2019年3月期からも適用できますが、それは置いておいて)。何か図ったかのような抜群のタイミング。
こうなると、開示に抵抗する会社は、もはや書く・書かないの議論はできません。あとは、どう書くか・どこまで書くかの議論となります。ほら、KAM対応の外堀が埋められたことが理解できたでしょ。
KAM対応に関係なく、今までにない見積りや仮定の開示が求められるのは、企業の方にとってはインパクトのある改正。しかも、この投稿の時点からみれば、来期の話。これはぜひ知っておいてもらわないといけないね、と事務所のメンバーと盛り上がっていました。
2018年3月期の決算のときにも、有価証券報告書で経営者の視点で書くことが新たに求められていました。真正面に受け止めると、かなりのインパクトのある改正ですが、騒がれずに導入された感じ。
今回の改正もそうなってはいけないと思い、まずはブログでお知らせしました。迅速性を優先したので、不正確さはご容赦を。
企業に求められるリスク情報の開示。インパクトを知らずにいると、開示間際になってから慌てることになります。今からご準備くださいませ。
P.S.
この改正の元ネタは、こちらの報告書。ご一読ください。今回の記事で取り上げた見積りや仮定の改正箇所だけで、2時間のセミナーにできそうな感じです。
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20180628.html
P.P.S.
来月に開催するセミナー「上場企業へのKAMインパクト」でも、今回の改正の動きを取り上げる予定。企業としてKAMの早期適用をどう考えるかについても、しっかり時間をとってお伝えします。https://www.gyosei-grp.or.jp/images/pdf/seminar_tokyo_20181214.pdf(終了しました)
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もし、こうした開示に向けて、経営者と監査人とが互いに孤立して業務を進めていく、つまり、サイロ化していくのは危険。この本でも言うように、両者の間で対話が必要です。
・ジリアン・テット『サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠』(文藝春秋)
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日本におけるKAM早期適用事例の分析について、当ブログでは「財務報告の流儀」というシリーズ投稿で解説しています。ただ、ワンコインの有料コンテンツとして提供しているため、「お試し版」をこちらで用意しています。
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2020年3月期に早期適用されたKAMについて分析した結果は、拙著『事例からみるKAMのポイントと実務解説』にてご覧いただけます。まずは、こちらの紹介ページをご確認ください。