Accounting

「おもてなし」精神の商法改正

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その昔。今の会社法が、まだ商法だった頃。2005年に会社法に大幅に移管されたため、現在の商法はかつてのような範囲ではなくなっています。

 そんな商法について、会社法に変わる前のときの話を聞いたことがあります。商法は他の法律で参照されている数がとてつもなく多かったようで。そのため、商法を改正するときには、できるだけ規定の条の数を変えないように配慮していたとのこと。

 例えば、第100条と第101条を規定していたとします。そのときに、その間に入るような規定を追加するときに、追加する条の数を第101条としないように配慮していました。

 というのも、従来の第101条が第102条になると、その後のすべての条の数が変わってしまう。これは商法だけの問題ではなく、それを参照しているすべての法律にも影響が及びます。それらを含めた改正のコストを踏まえると、利点が見いだせない。

 そこで、付け加える条の数を「第100条の2」というように、その後の条の数に影響を及ぼさないようにしていました。すると、これまでの第101条より後の条の数には何も変更はありません。それらを参照している法律にも影響が及ばない。こんなところにも、「おもてなし」の心がありました。

 しかし。

 日本公認会計士協会が公表する監査基準委員会報告書といったら、あっさりとこれを無視します。改正しようとする監査基準委員会報告書の条の数だけが変わるものもあれば、それを参照している他の監査基準委員会報告書まで参照する条の数を改正しなければならない状況に陥っています。

 ボクは所属する事務所で、監査ツールやメソッドづくりを担当する部署の責任者でもあるため、これらの改正をひとつひとつデータベースに登録しています。どこが変更になったかの履歴を追ったうえで、それにどう対応していくかを検討していくのです。

 そのときに、規定している本文そのものには何も変更がないのに、それを規定する条の数が繰り下がったために、あるいは、参照する条の数が繰り下がっただけの改正があると、もう腹が立ちます。こんな改正で日本全国の監査法人の手間を煩わせるんじゃないと。

 もっとも、日本の監査基準委員会報告書は、国際監査基準を基本的に受け入れているため、それと平仄を合わせるために改正する側面もあります。日本で第10条としている内容が、国際監査基準で第9条と規定していると、後で比較検討するときに手間がかかります。そのため、国際的な基準と足並みを揃える意味では仕方がないことは承知できます。

 ところが、改正はそれだけではありません。表記の直しも入っている。「すべて」を「全て」にする直しや、「いくつも」を「幾つも」にする直しなど。

 いやいやいや、これ、趣味の話でしょ。そんな趣味のために、日本中の監査法人の手間をとらせちゃいけない。

 しかも、今の世の中の流れとは逆光するような改正。ビジネス書の世界では、これらは平仮名が基本。漢字の意味が薄いときには、平仮名で表記するのが一般的。あまり本を読んでいないような印象を抱かせる改正なんです。それも、然るべき会議体を経て公表に至っているのです。誰ひとり、何も言わなかったのでしょうか。きっと、お偉い人ばかりなので、現場でどのような対応になるかを想像できないのかもしれません。

 そんな趣味のような、そんな時代に逆光するような改正に対応する作業コストを請求したいくらい。商法のように、監査基準委員会報告書がいかに監査実務に影響を及ぼすものかを認識していないと受け取られても仕方がない。

 やはり、自身に対する認識は、ある程度は出来ている必要があります。あなたもビジネスやキャリアで成長するほどに、何かを変化するときに他の何かに影響を与える可能性があります。

 それに気づかずに「あ~あ」と思われて社会全体のコストを不用意に引き上げる道を選ぶか、あるいは、「おもてなし」の精神を発揮して人知れず社会全体のコストを最低限に押さえる道を選ぶか。それは、あなた次第。ボクなら、商法のように振る舞うことを選択しますね。

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