さあ、7月になりました。株主総会の継続会や延期をしていない限り、3月末決算会社の有価証券報告書が提出され終わりました。つまり、KAM(監査上の主要な検討事項)の早期適用の状況がつかめるのです。
これは、企業の方々も必見です。監査人は自分ごととして興味があるでしょうが、財務諸表の作成サイドとしても、広く「財務報告」という観点からは、KAMの動向はウオッチしておきたいところ。詳しくは、拙著『ダイアローグ・ディスクロージャー KAMを利用して「経営者の有価証券報告書」へとシフトする』(同文舘出版)をご覧いただくとして。
話を戻すと、この3月決算は、新型コロナウイルスによって決算や監査のスケジュールが例年とは異なる形で進んだところも多かったハズ。ただでさえ関係者は多忙なところに、新型コロナウイルスによって出社が思うようにできなかったり、リモートワークに不慣れだったりと。
そんな大変な状況であったにもかかわらず、KAMの報告にまで協力する企業や、その必要性を説かれた監査人には頭が下がるばかり。褒め称える意味も込めて、ボクが調査した範囲で紹介していきます。なお、網羅性は保証しませんので、あしからず。
KAMが早期適用された会社の数
こちらは、41社となりました。これを多いと見るか、少ないと見るかは議論が分かれるところでしょうが、新型コロナウイルスの中でKAM報告の優先度を下げなかった企業が41社あった事実は、実務家の観点からは「すごい」の一言。
KAMは監査人の監査報告書に記載するものであるため、本来は、監査人の都合で早期適用することができます。ただ、その内容に照らしたときに、企業の協力が欠かせない。開示への姿勢ができていないと、早期適用に協力することもないでしょう。
証券コード順に、開示への姿勢が素晴らしい企業を紹介すると、次のとおり。ちなみに、すべて東証一部に上場している会社でした。
- マルハニチロ㈱
- ㈱メンバーズ
- 綜合警備保障㈱
- 綿半ホールディングス㈱
- 野村不動産ホールディングス㈱
- 東急不動産ホールディングス㈱
- 大陽日酸㈱
- ㈱三菱ケミカルホールディングス
- 武田薬品工業㈱
- エーザイ㈱
- ENEOSホールディングス㈱
- 日立金属㈱
- 住友金属鉱山㈱
- 三菱電機㈱
- 富士通㈱
- ソニー㈱
- ㈱デンソー
- トヨタ自動車㈱
- 本田技研工業㈱
- 三井物産㈱
- 住友商事㈱
- ㈱AOKIホールディングス
- 三谷産業㈱
- ㈱新生銀行
- ㈱三菱UFJフィナンシャル・グループ
- ㈱りそなホールディングス
- 三井住友トラスト・ホールディングス㈱
- ㈱三井住友フィナンシャルグループ
- ㈱みずほフィナンシャルグループ
- オリックス㈱
- ㈱大和証券グループ本社
- 野村ホールディングス㈱
- ㈱岡三証券グループ
- 松井証券㈱
- ㈱日本取引所グループ
- 第一生命ホールディングス㈱
- 三井不動産㈱
- 三菱地所㈱
- 東急㈱
- ソフトバンク㈱
- 四国電力㈱
KAMを早期適用した監査人
新型コロナウイルスへの対応もありながら、KAMの早期適用を果たした監査人も素晴らしい。金融庁や日本公認会計士協会(JICPA)から基本的にテレワークを求められていた中で、こうしてKAMを報告した監査人も開示への姿勢が素晴らしい。
KAMの早期適用が多い順番に紹介すると、次のとおり。
有限責任あずさ監査法人 | 13社 |
EY新日本有限責任監査法人 | 11社 |
有限責任監査法人トーマツ | 9社 |
PwCあらた有限責任監査法人 | 4社 |
太陽有限責任監査法人 | 2社 |
監査法人アヴァンティア | 1社 |
東陽監査法人 | 1社 |
KAMの数
早期適用されたKAMがいくつ報告されたかについても、調べてみました。ただし、連結と個別とでKAMが同じ場合の個別の数は除外しています。また、個別で、KAMは「ない」と報告された9つもカウントしていません。
これらの前提で、報告されたKAMの総数は、116。1社当たりの平均の数は、2.8。連結だけを対象とすると、最も多く報告されたのは5つ。
所感
早期適用されたKAMに対する所感は、次の3つ。
(1)書き込んできた印象
JICPAは導入議論のときから、早期適用で報告されたKAMの内容が強制適用後のKAMのレベルに影響を与えることから、早期適用の水準について注意喚起してきました。
実際、早期適用されたKAMを見てみると、監査に固有の記述が多いように感じました。まだ詳細には分析していないものの、ボイラープレート的なものは少ないのではないでしょうか。この進行期から強制適用されるKAMの内容が楽しみになりますね。
(2)個別財務諸表に対するKAMが新鮮であった
日本のKAMは早期適用ですら諸外国から一番遅れての適用と言ってもよいくらいに、周回遅れ。それは、海外の先行事例が多くあることを示しますが、それらは基本、連結財務諸表に対するKAM。連結以外に個別財務諸表に対するKAMを求めているのは、珍しいかと。
すると、想定していなかったKAMが記述されていました。多かったのは、関係会社株式の評価。連結になると相殺消去されてしまうため、ある大手ファームを除き、諸外国のKAMで取り上げられることは少なかった。
しかし、個別財務諸表に対するKAMとなると、こうした論点がクローズアップされてきます。もちろん、リスクは大きくはないものの、インパクトを与えかねない事項として取り上げられているものと推測されます。
それに関連して、個別財務諸表に対してKAMは「ない」と判断した旨を記載した事例が、9つありました。確かに、単体では論点がない場合もあるかもしれませんが、「特別な検討を必要とするリスク」は必ずあるため、それがKAMとして選ばれることがなかったかどうかに興味が向きます。
(3)新型コロナウイルスへの言及
KAMの記述の中に、新型コロナウイルスに言及していたKAMが、32。全体のうち27.6%、つまりは3割近くが、KAMとした事項に新型コロナウイルスの影響があったことが理解できます。会計上の見積りがKAMとして選ばれやすい面もあるため、これも納得の数字。
こうして見ると、さまざまな切り口で分析できることがわかります。先月に発売された拙著『ダイアローグ・ディスクロージャー』では、イギリスの2018年12月期を中心とした100社の分析を行っていますが、その比較をしても面白そう。
特に、個別財務諸表に対するKAMは、いろいろと深堀りしたい論点がありますね。例えば、早期適用された事例を見る中では、連結で報告するKAMと、個別で報告するKAMとの関係。早期適用の事例が、ボクの理解と少し違う形で現れている可能性があるため、分析のしがいあります。
これから、毎日、早期適用のKAMについてブログで話していきましょうか。4ヶ月近く、ブログ記事がKAMで埋まります。それは、やりすぎかな。
ひとまずは、KAMの実務が世界で最も積み重ねられているイギリスの事例について、おさらいしましょう。そう、拙著『ダイアローグ・ディスクロージャー』で。
P.S.
日本におけるKAM早期適用事例の分析について、当ブログでは「財務報告の流儀」というシリーズ投稿で解説しています。ただ、ワンコインの有料コンテンツとして提供しているため、「お試し版」をこちらで用意しています。
P.P.S.
2020年3月期の上場企業で早期適用されたKAMの解説は、書籍『事例からみるKAMのポイントと実務解説―有価証券報告書の記載を充実させる取り組み―』(同文舘出版)として発売されました!