プライムか、スタンダードか、それともグロースか。2022年4月4日から、上場企業は新しい市場区分で株式が流通されます。
先日の2021年7月9日には、東京証券取引所から上場企業に向けて、新市場区分の上場維持基準に適合しているかどうかの一次判定の結果が通知されました。経営者として、この市場区分の見直しの動向が気になっているでしょう。
市場区分の見直しに関して、KAM(監査上の主要な検討事項)の品質がクローズアップされると聞いたら、驚くかもしれません。そう、監査人が監査報告書で報告する、アノKAMが影響を及ぼしかねないのです。
そうした考えに至ったのは、2021年7月21日に開催したKAM(監査上の主要な検討事項)に関するセミナーでのこと。共催した方のセミナーを聴いたり、その後、控え室でお話ししたりする中で、「これは、KAMも影響を及ぼすぞ」と直感しました。
そこで今日は、市場区分見直しでKAMの品質がクローズアップされる意味について、お話ししますね。
KAMセミナー
今回のセミナーは、TAKARA&COMPANYグループが提供するWEB共催セミナーでした。共催したのは、ボクの事務所と株式会社スリー・シー・コンサルティングさん。同社の代表取締役であり、また、公認会計士でもある児玉厚サンとは以前から面識があったことから、セミナーの共催が実現しました。
共催セミナーは、二部構成で進められました。第一部は「KAMの事例分析と実務対応のポイント」としてボクが、また、第二部は「見積監査対応効率化のためのIT統制」として児玉サンが担当しました。
KAMのセミナーでは、次の内容をお話ししました。
- 1.KAM早期適用の概要
- 2.KAM事例の分析
- 3.開示制度の大局観
特に3番目は、今回、初披露した内容です。なぜ、KAMを利用して財務報告を充実させるのか、しかも今、それを行うかの理由を説明しました。ただし、この時点では、まさか、市場区分の見直しにKAMの品質が影響しかねないとは、まだ気付いていませんでした。
品質の悪いKAMが企業に及ぼすこと
児玉サンによる第二部のセミナーが始まると、ボクは控え室でその画面を視聴していました。冒頭で、KAMの実例に基づき、投資家からこういう質問が来るのではないかという内容が説明されました。それをボクなりに整理すると、企業はどこまで見積りに取り組んでいるか、ということ。
また、セミナー後に意見交換していたときに話題に登ったのが、品質の悪いKAMのこと。特に2021年3月期から強制適用となったKAMの事例を見ていると、品質面にもバラツキがみられます。例えば、次のようなものが挙げられます。
- 早期適用のコピペのようなKAM
- いかにも力が入っていないKAM
- なぜ、他の事項を選ばなかったのかが不明瞭なKAM
こうしたテキトーに報告されたKAMでは、監査の品質も悪いと思われても仕方がない。ここで気をつけたいのは、その結果、真っ当な監査を受けていないとの推測が押し進んでしまうと、財務諸表の信頼性まで疑われかねない、ということ。いくら見積りに真摯に取り組んでいたとしても、品質の悪いKAMによって、そうとは受け取ってもらえないリスクを抱えるのです。
市場区分の見直しへの影響
一方で、市場区分の見直しが着々と進行しています。鍵となるポイントは、株式の流通性。特にプライム市場では、持続的な成長と企業価値の向上の観点から、流通株式数や流通株式時価総額が問われます。これらは、将来キャッシュ・フローの予測に影響を受けるものであり、また、その予測は財務報告の内容によって左右されます。
このとき、財務報告の内容に信頼性がなければ、資本コストを高める結果として、将来キャッシュ・フローの予測に基づく企業価値評価も低下します。企業の活動や努力によって低い評価となるのであれば、まだ諦めがつくでしょう。しかし、品質の悪いKAMが足を引っ張ることとなるなら、話は別。
もちろん、KAMだけで判断されることはありません。企業と投資家との対話の場でリカバリーする機会があるからです。真っ当な投資家は企業との対話のきっかけにしようとKAMを読み込んできます。そこでの対話によっては、企業の活動や努力が評価される可能性もあります。とはいえ、最初から足を引っ張る要素は減らしておきたいところ。
現実的な対応策
品質の悪いKAMによって足を引っ張られないためには、監査人の品質が悪くない前提を置くと、いかに企業と監査人とで認識を共有するか。これに尽きると断言できます。
そのため、経営者として、もっとKAMの内容に関わるべき。ただ、自社だけのKAMを読むだけでは、対応が厳しいかもしれません。
ボクもそうですが、真っ当な投資家は、同業他社のKAMも読めば、異業種のKAMも読みます。KAMを多数読み込むことで、報告される内容の相場観が身についています。この相場観は必ずしも経営者に求められるものではありません。
したがって、こうした相場観を身につけた専門家を活用することが、ひとつの選択肢となります。単なる作業を外出しするアウトタスキングではなく、専門性を外部に有するアウトソーシングは、今後、増えていくでしょう。特に、ボクのセミナーでお話しした「開示制度の大局観」が何年後かに実現するときには、この意味でのアウトソーシングは不可欠です。
あなたは、そのときになって慌てることを選びますか。それとも、今のうちから備えることを選びますか。
P.S.
この専門誌『Accounting(企業会計) 2021年8月号』は、特集「市場区分見直しの衝撃」だけではなく、特別企画「気候変動の情報開示」も必見。ボクのセミナーでも、開示制度の大局観のためには必読書だとお伝えしました。もう、ご覧になりましたか。