Accounting

アナリストの本音が見え隠れする、優良なKAMの条件

(記事にはプロモーションが含まれることがあります。) 

こんにちは、企業のKAM対応のスペシャリスト、竹村純也です。

KAM(監査上の主要な検討事項)といえば、2022年2月2日という2並びの日に、公益社団法人日本証券アナリスト協会から「証券アナリストに役立つ監査上の主要な検討事項(KAM)の好事例集」が公表されました。

これ、KAMの好事例よりも注目すべき点があります。あなたは気づいたでしょうか。それは、選定プロセス。ここに、証券アナリストがどのようなKAMが優良かと考えているかが見え隠れしているのです。

ただ、疑問もあるのも事実。今日は、そんなことを共有しますね。

選定プロセスにおける機械的な一次選定

今回のKAMの好事例は、日本証券アナリスト協会が最初から選んだものではありません。JICPAによって、形式的な抽出基準に合致したKAMが機械的に一次選定されています。

こうした公式な組織による分析には、母集団の適切性が重要です。どこかに偏りがあると、分析結果に批判が集まりかねません。そこで、2021年3月期の上場企業のうち、2021年6月30日までに有価証券報告書を提出した企業が、母集団として設定されました。

しかし、その数は多いのなんのって、2,342社。とても、ひとつひとつ分析したうえで、好事例を選んでいては、とても時間が足りません。KAMの強制適用2年目の事例が登場しても、集計しきれない可能性も考えられます。

そこで、機械的な一次選定が行われたものと推察されます。

注目すべき抽出基準

形式的な抽出基準として、6つが示されています。注目すべきは、次の、必須の基準。

① KAMの記載個数が複数かつ相応の記載文字数がある事例(必須)

ここには、2つの要素が含まれています。1つが、KAMの記載個数が複数であること、もう1つが、KAMの記載に相応の文字数があること。

2つ目の要素は、合理的です。あまりにも少なすぎる文字数では、KAMについて十分かつ適切な説明が困難と考えられるからです。対象とされた科目に対する一般的な監査手続を示すのならば、それでも間に合う場合もあるでしょう。

しかし、KAMとは、財務諸表監査に固有の情報を記載するものです。一般的な話をするのではなく、個別具体的な話をするため、自ずと説明が増えるのは当然のこと。他社の財務諸表監査とは異なる点を話すため、その説明には一定以上の文字数が費やされるはずです。

よって、KAMの記載に相応の文字数があることを求めることに特に異論はありません。

危険な誘導

これに対して、危険な誘導となりかねないのが、もう1つの要素の、KAMの記載個数が複数であることです。つまり、KAMが1つしか報告していない状況では、証券アナリストは優良なKAMとはみなさない、ということ。複数のKAMが報告されていなければ、優良なKAMの土俵に登れないのです。

これ、本当でしょうか。

個人的には、大いに疑問があります。いや、むしろ、危険な誘導になりかねない。

確かに、何もKAMにすることがないために、無理くり、会計上の見積り項目だけをKAMとしているような事例があります。また、収益認識のカットオフのように、本当にそれをリスクとして考えているのかどうかが定量的に疑わしい事例があるのも事実です。頑張ってKAMをひとつだけ記載したんだろうけど、要領を得ていないと感じる事例も見受けます。

しかし、だからといって、KAMがひとつだけ報告しているすべてが、そのようなものとは断定できません。複数の科目に関連するリスクを集約して、ひとつのKAMとして報告している事例もあるからです。

こんな優良事例が除外されかねない

例えば、KAMが早期適用された2020年3月期でいえば、三井物産株式会社の連結財務諸表に対して、有限責任監査法人トーマツが監査報告書に記載したKAM「将来油価前提」です。なお、この例ではKAMは複数記載されています。

ただ、このKAMは、エネルギーセグメントにおける次の3項目が最も影響を受けるものが「原油の将来価格見積り」であるとしています。

  • 持分法適用会社に対する投資及び有形固定資産の減損損失及び減損損失の戻入れ
  • 暖簾の減損損失
  • FVTOCIの金融資産に区分する投資の評価

たったひとつの主要な仮定に絞り込んだうえで、それへの対応をきっちりと説明しているのです。分かりやすくいえば、一撃のKAMなのです。

仮に、KAMの記載が複数だと評価されるというのであれば、これら3項目をそれぞれ別のKAMとして取り上げ、かつ、どれも原油の将来価格見積りについて記載しているでしょう。ただ、それでは意味がないため、そうしていないだけ。

もっとも、日本のKAM事例では、無駄に複数のKAMとして分割した事例もあります。その証拠に、穴埋め記述のように、特定のワード以外はどのKAMも同じ記載となっています。

本気の分析が見たい

はたして、KAMが複数記載されていることをもって、優良事例として取り上げられる土俵に登ってよいのでしょうか。KAMがひとつしか記載されていることをもって、証券アナリストから見向きもされないのでしょうか。

思うに、母集団の数が多すぎるがゆえのことかと。ある程度の数に絞り込まないと、手に負えないから、こうした形式的な抽出基準で割り切らないといけなくなったと考えられます。

というワケで、公式の見解ではなく、証券アナリストの有志による見解が聞きたい。本気のKAM優良事例を。ぜひ、一緒に勉強会や研究会を開きたい。ボクも、KAMと企業の開示とを合わせた分析を行いますので。

P.S.
KAMと企業の開示とを組み合わせた分析は、こちらの書籍と寄稿とで披露しています。

・書籍『事例からみるKAMのポイントと実務解説―有価証券報告書の記載を充実させる取り組み―』(同文舘出版)

・寄稿「決算開示のトレンド2021 監査上の主要な検討事項(KAM)」『企業会計2021年12月号』(中央経済社)

P.P.S.

こんな深くまでご覧いただくとは、あなたは相当にKAMに関心のある方ですね。そんなKAMの意識の高い方に向けて、竹村式KAM分析の手法について、実際の事例(あなたが分析したいKAMや企業)を通じて共有できればと考えています。そんなKAM分析研究会にご興味はありますか。

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