こんにちは、企業のKAM対応のスペシャリストの竹村純也です。
2022年3月期は、KAM(監査上の主要な検討事項)の強制適用の2年。適用2年目のKAMをウォッチする中で注目が集まるのは、適用初年度からの変化。
これについては、以前、「英国事例から学ぶ 適用2年目以降のKAM対応の留意点」として『旬刊経理情報』(2022年2月20日号、No.1636)に寄稿したとおり。ボクだけではなく、財務諸表の利用者が関心を寄せているところ。
「どんなKAMが新しく登場するだろうか」
「KAMが前回と同じものであっても、記載はどう変化しているだろうか」
「KAMではなくなったものに何があるだろうか」
このようにKAMの変化を気にかける理由は、企業の財務リスクの変化を読み取りたい気持ちがあるから。KAMそのものよりも、財務リスクが変化したのかどうかが知りたい。それを投資の意思決定に役立てたいのです。
そこでボクは、財務リスクの変化に着目しながら、毎日、適用2年目のKAMのチェックを進めています。
■有価証券報告書の提出状況
2022年6月10日(金)までに有価証券報告書を提出した3月末決算の企業は、5社。前年同期と比較すると、提出順は変わるものの、社数も顔ぶれも同じ。具体的には、次のとおり。
<2022年3月期の提出順>
- 1.㈱きもと 2022/5/30(前年は2位)
- 2.㈱スクロール 2022/5/31(前年は1位)
- 3.HOYA㈱ 2022/6/3(前年は3位)
- 4.㈱滋賀銀行 2022/6/9(前年は5位)
- 5.㈱日本取引所グループ 2022/6/9(前年は4位)
これらの企業の特徴として、株主総会の開催が早いことや、それとも、株主総会の開催日よりも有価証券報告書をかなり早く提出していることが挙げられます。
■KAMに変化はあったか
これだけ早期開示を実現している企業なのだから、監査人によるKAMも変化していてもおかしくはない。そう期待してKAMをチェックしてみます。まずは、KAMの見出しは次のとおり。
㈱きもと、太陽有限責任監査法人
- 連結:繰延税金資産の回収可能性について(前期:繰延税金資産の回収可能性について)
- 個別:繰延税金資産の回収可能性について(前期:繰延税金資産の回収可能性について)
㈱スクロール、EY新日本有限責任監査法人
- 連結:SLCみらいの減損の兆候の判定(前期:SLCみらいの減損の兆候の判定)
- 個別:SLCみらいの減損の兆候の判定(前期:SLCみらいの減損の兆候の判定)
HOYA㈱、有限責任監査法人トーマツ
- 連結:仮払法人所得税の回収可能性(前期:仮払法人所得税の回収可能性)
- 個別:関係会社株式の評価(前期:関係会社株式の評価)
㈱滋賀銀行、有限責任監査法人トーマツ
- 連結:貸倒引当金の算定(前期:貸倒引当金の算定)
- 個別:貸倒引当金の算定(前期:貸倒引当金の算定)
㈱日本取引所グループ、有限責任監査法人トーマツ
- 連結:収益認識に関するIT統制の評価(前期:収益認識に関するIT統制の評価)
- 連結:ソフトウエア及びソフトウエア仮勘定の評価(前期:ソフトウエア及びソフトウエア仮勘定の評価)
- 個別:関係会社株式及び関係会社出資金の評価(前期:関係会社株式及び関係会社出資金の評価)
KAMの見出しは、ご覧のとおり、完全一致。一文字も変わっていません。少なくとも見出しレベルでは、監査人が特に重要と判断した事項に変化はありませんでした。
■記載内容レベルでの変化はあったか
では、財務リスクに変化はなかったのでしょうか。これについて、KAMの記載内容を前年同期比較してみます。一文字一文字、どこが変化したか、それとも、同じままかを見比べます。
その結果、記載を改善したKAMが一部見られたものの、基本的には財務リスクが変化していません。ここから、監査人が財務諸表監査にあたって特に重要と考えるリスクそのものは前年と変わらず、かつ、リスクの重要度が高まることも低くなることもなかった、と読み取れます。
まだ5社と事例が少ないため、これをもって2022年3月期に係るKAMの全体像を予測することはできません。ただし、KAMとして報告する事項も変わらなければ、記載する内容も変わらない事例が一定数は登場すると推測されます。これは、極めて残念なこと。
■変わらないKAMで気になること
ちなみに、2022年3月期から、監査人には「その他の記載内容」の手続が強制適用となっています。財務諸表と財務諸表以外の記載とに不整合がないかどうかを通読し、かつ、検討するものです。整合していない場合、どちらかに誤りがあるため、誤りがあるほうを正す必要があります。
この手続が実施されているため、有価証券報告書の「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」、いわゆるMD&Aに記載されたことが、KAMの決定や記載内容に影響を及ぼすことがなかったと考えられます。企業が記載した各種の取り組みや状況は、財務リスクに影響を与えるものもあったのかもしれませんが、KAMとしては取り上げられるほどではなかった、ということ。
今後、MD&Aで派手な記載があるときには、「KAMが変わっていないことは大丈夫か」と財務報告の利用者から心配されるような局面もあるかもしれませんね。
■動き出す機関投資家
ここからは、今回の5社の話ではなく一般論としての話。KAMは、その報告にあたって、監査役等と協議することが前提とされています。KAMの記載内容すら変わらない場合、監査人が特に重要と判断した事項についての協議は何も変わっていないと解釈できます。
それが事実なら良いのですが、そうではないなら、何かしらKAMの記載内容に反映されるはず。監査人との協議が不十分として、監査役等のガバナンスが問われる材料になりかねません。
英国では、気候変動の影響を財務諸表に考慮していないことや、KAMをはじめとした監査に考慮していないことを理由に、監査委員長や監査人の継続に反対票を投じた機関投資家が登場しています。財務リスクに向き合い、かつ、それに対処することが問われています。
KAMが前期から変わっていないことが機関投資家にどう映るのか。その動向に注目が集まります。
P.S.
KAMについて分析した結果は、拙著『事例からみるKAMのポイントと実務解説』にてご覧いただけます。まずは、こちらの紹介ページをご確認ください。