こんにちは、企業のKAM対応のスペシャリスト、竹村純也です。
KAM(監査上の主要な検討事項)の分析について、先日の証券アナリスト協会に続き、昨日の2023年2月17日には金融庁からもリリースされました。それが、「監査上の主要な検討事項(KAM)の特徴的な事例と記載のポイント2022」です。
ウェブサイトの紹介文を読んでいたところ、この一文に目が止まりました。
本適用2年目においては、KAMに関する課題も新たに見えてきました。
これは、当該資料内の「5.検討が必要と考えられる事例」を指しているものと考えられます。そこで、KAMに関する課題について、スペシャリストとしてコメントを付していきます。中には、「そうではないだろう」と疑問に思う点もありましたので。
① 事業環境の変化(中期経営計画の変更)を踏まえたKAMの見直しが行われていない
この事例で対象とされた企業では、買収した子会社で大幅な赤字が計上されたことから、中期経営計画を変更しています。一方、監査人はKAMに「のれんの評価」を取り上げていながらも、何ら記載が変わっていないことが問題視されています。
こうした分析にあたって気をつけたいのが、企業も監査人も、アクションと開示とが必ずしも一致しているとは限らないこと。もちろん、アクションがなければ開示できません。アクションしていたかのように開示すれば、それは虚偽記載ですからね。
一方で、開示されていなくてもアクションがある場合もあり得るからです。ただし、その場合、外形的にはアクションが変わったとは理解されない難点を抱えます。中には、細々したことを書くのではなく、包括的なことを書けば、毎回、文章を見直さなくても良いと考える方がいるかもしれません。それは、監査人に限らず、企業も同じ。しかし、せっかく実態としてのアクションがあるにもかかわらず、そうした書き方によって誤解されてしまってはもったいない。具体的な開示に努めることが、KAMとしても財務報告としても正解です。
②③ 同一監査法人内の別業種の2社のKAMの内容が同一(内容及び決定理由)
これは、ある監査法人で、クライアントが違っても、同じ記載内容のKAMを報告していた事例です。これは、ボクのセミナーでも指摘したことがあります。もしかすると、このブログでも指摘していたかもしれません。
ここでも、アクションと開示の2軸で捉えられます。もし、記載の不慣れなら、改善を祈るばかり。それに対して、アクションが不適切な場合には、救いようがありません。その場合とは、おそらく、財務諸表監査がリスクアプローチではなく、科目アプローチである可能性があります。
でも、これは、この事例に限らず、また、監査法人の規模にかかわらず、多くのKAMで見受けられる話。記載の不慣れと信じたいところですが、協会レビューや金融庁検査で審判を待つしかありません。
そうそう、こういう金融庁の分析では、こうしたKAMを記載した監査事務所に直接、問い合わせることはできないのでしょうか。英国のFRCによる各種の分析レポートでは、対象の企業や監査人とやりとりをしながら改善を求めているような書きぶりです。規制当局として、そうした指導的機能の発揮があってもよいのかもしれません。
④ 同一事業年度の同一企業内の異なる事業に関するKAMの内容が同一
これは、減損のKAMを事業ごとに報告しているものの、事業名や関連する箇所以外は、記載内容が同じである事例です。穴埋めテンプレートのようなKAMが複数報告されても、あまり意味がないことを問題視したものです。これは、KAMの早期適用事例を分析した拙著『事例からみるKAMのポイントと実務解説』で、すでに指摘していた論点です。
この本では、そうしたKAMに下線を引くことで、ほぼ大半が同じ記載ぶりであることを明確にしています。あえて複数のKAMとする必要性が乏しいことが、ひと目で理解できるでしょう。KAMの利用者も「それなら、ひとつにまとめてよ」と思うのは必至。
監査役等もこうした監査の説明資料を受け取っているかと想像すると、同じ会計士として残念です。そもそもKAMが監査の信頼性の回復のために導入されていながらも、そこに向き合っていない姿勢が感じ取れるからです。しかも、大手監査法人でこうしたKAMを報告している事例があるのは、心の底から残念です。
⑤ KAMの記載内容と注記が不一致
これは、KAMの報告の中で、当年度の残高として記載された金額が、前年度のものであった事例です。金融庁の資料では、KAMの再検討が行われていない可能性を指摘しています。確かに、その他の文面も同じであったようなので、前年度のKAMをコピペしていると言われても仕方がありません。「出直してください」というお粗末なレベルです。
一方で、この事例を擁護するつもりは1ミクロンもなく、また、対象企業が悪いと決めつける訳でもありませんが、他の可能性も考えられなくもない。それは、EDINET用のデータが更新されなかった可能性です。
おそらく、EDINETの監査報告書のデータは、まず、監査人が監査報告書の記載内容を企業に渡し、次に、企業がそれに基づきEDINET用のデータを作成しているでしょう。そこで、あまりにも同じ記載内容であったために、担当者が更新の必要がないと誤解してしまった状況もないとは言い切れません。
そもそも、監査報告書のデータまで企業にお任せしている状況に問題があります。実際、EDINETでKAMのデータをみていると、左右に対照した表のときに、複数行にわたる文章について一行ごとに改行処理がなされている事例も少なくありません。きっと、データ作成に苦労されているのでしょう。加えて、2023年からEDINETのシステム改変によって、監査報告書に画像を掲載することもできるようになっています。ますます、企業の担当者に操作の手間をかけさせます。
こうした問題をきっかけに、監査報告書のEDINETデータは、監査人が自ら行うようにしてはいかがでしょうか。
⑥ 内部統制報告書の開示すべき重要な不備の記載との整合性
これは、期末日後に誤謬が判明したために訂正内部統制報告書を提出したときに、それがKAMとして取り上げられてなかったことから、KAMの選定に漏れがあった可能性が指摘された事例です。
確かに、そうした可能性は否定できません。内部統制が有効ではないとの評価結果に変えるほどにインパクトがあったため、この事例が財務諸表監査上、特に重要と判断されなかったとは考えにくい。しかし、KAMは当年度の相対的な重要性によって選定されるため、もしかすると、その観点から選定には至らなかった可能性も考えられます。
というより、より大きな課題として、日本ではKAMの報告数が少ないことが挙げられます。金融庁の今回の資料にも「諸外国と比較してKAMの個数が少ない要因として、KAMとなる項目の選定にあたってのハードルが高すぎることが考えられるのではないか」(P.5)とコメントされているとおりです。その結果、1つや2つのKAMしか報告していない現状では、1つKAMを追加することの意味が大きくなりすぎるのです。
もし、監査人の自主性に任せては改善が見込まれないなら、少し乱暴かもしれませんが、プライム市場ならKAMは原則3個以上、といったルールを設けない限り、この数の問題は解消されないでしょう。3個に満たない場合は、エクスプレインさせるのです。ちょうど、金融庁の今回の資料にも、「企業環境の変化がなく、KAMの記載内容に変化がない場合には、監査人として変化がないと判断した旨を記載することも有用ではないかと考えられる。」(P.6)とコメントされていますからね。
【前回掲載事例①】KAMの内容や決定理由及び監査上の対応に係る記載内容が不明瞭
前回の指摘が、当期にも改善されていないことが指摘されています。これも、金融庁から監査人に直接、問い合わせして改善を図るのが良い案件でしょう。当の監査人は何がいけないのかが理解できていないものと推察されます。
【前回掲載事例②】注記情報との整合性(ⅰ注記が不足している可能性)
これも、【前回掲載事例①】と同様ですね。
それよりも、問題は次の事例です。
【前回掲載事例③】注記情報との整合性(ⅱ注記が無いケース)
会計上の見積りがKAMに取り上げられているのに対して、財務諸表の「重要な会計上の見積り」には開示されていないケースについて、注記が不足している可能性が指摘されたものです。
これは、あくまでも「可能性」に過ぎない点を強調したい。なぜなら、「重要な会計上の見積り」の注記は、必ずしもKAMの受け皿ではないからです。そこに開示すべき事項は、企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」第5項で明確に定義されています。
それは、「翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目」です。つまり、(1)見積りと結果との乖離幅が重要であって、(2)その乖離が生じることに現実味があって、かつ、(3)乖離が生じる時間軸が一年以内、という3要件をすべて満たしたものです。当該会計基準がIAS第1号第125項と閾値が変わらないことを明言しており、また、FRCがIAS第1号第125項はこれら3要件を満たす見積り項目であることを前提とした分析結果を発表しています。
つまり、金額に重要な乖離が見込まれない場合や、それが生じることに現実味がない場合、乖離が生じても1年を超えての場合には、見積開示会計基準に基づく注記の開示項目にはなりえないのです。財務諸表注記の見出し「重要な会計上の見積り」の印象で感覚的に捉えてはいけない。これは、書籍やセミナーを通じて強調している点です。
実際、KAMにも、減損や評価減になるとは考えていない旨が記載されている場合があります。その場合には、見積開示会計基準に基づく注記は明らかに不要です。KAMの対象と見積開示会計基準の開示項目は一致することもあれば、異なることもある点に留意が必要です。
もちろん、3要件を満たさないからといって、注記そのものが不要になる訳ではありません。たとえ見積開示会計基準に基づく注記に該当しない場合であっても、既存の注記事項に補足したり、新規に追加情報として開示したりと、開示上の手当が必要になることもあるからです。
【前回掲載事例と今回事例の比較④】KAMを記載していない
これは、純粋持株会社ではないにもかかわらず、KAMがないとする事例です。ちなみに、純粋持株会社だからといって、単純にKAMなしともできない点には留意が必要です。
事業会社でKAMなしとした事例については、ボクも寄稿やセミナーで指摘しています。ただし、ボクの場合の解決策は、「何かしらのKAMを書け」というものではありません。KAMなしに至った理由を説明すべき、というものです。つまりは、エクスプレインです。
無理やりKAMを報告しては、ボイラープレートが量産されるだけ。それよりは、監査人が検討した過程を明確したほうが、KAM制度として健全です。また、KAMの目的である監査プロセスの明確化も達成できます。
この資料を活用するか、しないか
こうして「5.検討が必要と考えられる事例」だけを対象として、徒然なるままに、ざっくりとキーパンチしただけでも、結構なボリュームになりました。これをベースにきちんとコンテンツ化すると、ひとつのセミナーや寄稿になりそうな勢いです。「金融庁のKAM資料を読み解く!」なんてタイトルでね。
反対に、それだけ読み応えのある資料が金融庁から提供されたともいえます。向き合い方次第で、極めて価値の高いものと評価できるでしょう。それは、監査人に限らず、企業も同様です。KAMの品質が悪いと評価されれば、財務諸表監査の品質も悪いと捉えられる結果、財務諸表の信頼性にまで影響が及びますからね。KAMがどう報告されるかは、経営者こそ関心を向けるべき。
これを有益に活用していくか、それとも、意味がないと切り捨てるか。ボクは、前者の経営者を全力で応援します。