あなたの会社で有価証券報告書を公表している場合、それを英訳しているでしょうか。というのも、2019年3月8日に金融庁から、この有報を英訳してる会社のウェブサイトが一覧となって公表されているのです。
これは、金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループからの報告書がきっかけ。それは、2018年6月28日に公表された「ディスクロージャーワーキング・グループ報告-資本市場における好循環の実現に向けて-」です。この報告書の中で、有報を英訳している会社の一覧を公表した方がいいんじゃないかということが提言されました。これを受けて今回、金融庁がその一覧の公表に至ったわけです。
この一覧を見てみると、2019年3月15日現在では16社がリストアップされています。もうすでに英訳しているよという会社さんが、これから金融庁に連絡をしてこのリストにつけ加わることもあるでしょう。また、こうした取り組みを見て、「うちの会社でも有報を英訳するぞ」と決意して公表に至った後に、ここにリストアップされる会社もあるでしょう。いずれにせよこうしたリストによって英訳化が進むことが期待されているわけです。
こうした動きは、海外の投資家にとって良いこと。日本の投資家と同じタイミングで企業の情報を知ることができないというのは、投資判断に大きな障害になるからです。実際に、もうすでに外国人投資家が多い企業さんにとっては、こうした取り組みは、自ずと求められているでしょう。一方、あまり外国人投資家の比率が高くない企業にとっては、これから海外からの投資を呼び込むために、有報の英訳が一つの課題となってくるでしょう。
有報の英訳は、経理ではない部門が窓口になっているケースがあるでしょう。経営企画だったり、国際であったり。もしくは総務かもしれません。有報のメインとなる財務諸表を作る経理以外の部門で有報の英訳作業に取り掛かっている会社さんも少なくはないでしょう。
しかし、この有報の英訳が加速化していくと、経理の方にも影響があるかもしれません。ボクはそれを少し気にしています。なぜなら、KAMがあるからです。KAMとは、会計監査でこれから監査報告書に記載されることになる「監査上の主要な検討事項」のこと。2021年3月期からは本適用となるものの、2020年3月期から早期適用が認められています。ということは、このKAMの英訳もしなければならない状況が考えられるのです。
従来から、アニュアルレポートを英語で作成している場合に、監査報告書を付ける実務があります。その場合、もちろん監査報告書は英語。ただ、これまでの監査報告書は雛形が決まっているため、日付と会社名と意見の部分さえ気にすれば、後は同じ文言で通用しました。ですので、一旦翻訳しておけば、何年も使い続けることができたわけです。
ところがKAMには企業の固有の情報を書くため、毎年記載ぶりが変わることが想定されます。つまり、翻訳するとなると、毎年の作業が発生するということ。監査法人も、自らの監査報告書が英語となって世に出るため、その言い回しには神経を使うのが容易に想像がつきます。
例えば、海外の方がたどたどしい日本語で「トキョータワー、ドチ、デスカ」と話すような英訳で監査報告書を出したときに、とても恥ずかしい思いをします。だから、ネイティブ・チェックをかけることが必要になってくるでしょう。
ネイティブ・チェックは普段、経理の方が対面している監査チームとは別の部門、別の部隊となることが考えられます。これは、時間がかかることを意味します。監査チームの検討を経た日本語のKAMに対して、全く別の部隊が英語のチェックをかけるわけです。
もちろん、日本語から英語にスムーズに翻訳できればいいんですけども、日本語の意図を確認する作業が生じると、監査チームと英語の部隊との間にやり取りが生じます。つまり、時間がかかるということ。
これが経理の方にどう関係するかと言うと、それは有報の英訳を日本語の有と同じタイミングで、あるいは、ほぼ同じタイミングで公表するような風潮になったとき。日本語の、しかもKAMがついている監査報告書の英訳の作業にかかる時間を、決算スケジュールの中にあらかじめ織り込んでおかなければいけないということです。
今のKAMの制度は日本語の有報のことしか想定していません。ですので日本語の有報が出るときまでにKAMが出来上がっていれば良いというスケジュールで進んでいるわけです。ここにプラスして有報の英訳作業が入ってくると、KAMの英訳作業も生じてくることになりかねない。
もっとも、英語の有報を出すときに監査報告書をつけないという選択肢があるでしょう。今回のリストに上がった企業の有報の英訳を見ても、監査報告書がついていない会社もあります。とはいえ、昨今の財務情報に対する信頼性を確保するためには、監査報告書をつけてほしいというニーズが当然に出てくる。そうなると、やはり決算スケジュールに影響が及んでくるわけです。
この話は、2018年12月に開催した外部セミナー「上場企業へのKAMインパクト」の中で説明したとおり。そのため、このセミナーに参加した企業さんであれば、もうすでに英訳を踏まえた対応や検討を進めているでしょう。一方で、今回の金融庁のリリースを見て、初めてそこに驚いている企業もあれば、まだ気づいてない企業もいらっしゃるかもしれません。
でも大丈夫。もうあなたはこのブログを読んでいます。そのインパクトをもう知っているのです。このブログを読んでない企業の方よりも早くスタートダッシュを切れます。さあ、KAMの英訳作業も踏まえて、来期以降の決算スケジュールを組立てましょう。
P.S.
日本におけるKAM早期適用事例の分析について、当ブログでは「財務報告の流儀」というシリーズ投稿で解説しています。ただ、ワンコインの有料コンテンツとして提供しているため、「お試し版」をこちらで用意しています。
P.P.S.
2020年3月期に早期適用されたKAMについて分析した結果は、拙著『事例からみるKAMのポイントと実務解説』にてご覧いただけます。まずは、こちらの紹介ページをご確認ください。