KAM、つまり、監査上の主要な検討事項について不思議なことが、ひとつ、あります。それは、PDFファイルのセキュリティ設定。そうした設定を問題視するワケじゃない。簡単にコピペできなくすることによって、情報が漏洩することを防止したい局面もあります。そういうときには、むしろ必要な設定。
これに対して、公にすることを目的としたPDFファイルでは、コピペできなくする必要がありません。はじめから広く縦覧されることを意図しているため、コピペを防止する意味がない。
しかし、KAMの海外事例を見ていると、たまにアニュアルレポートで監査人の監査報告書だけがコピペできないケースがあります。これは、PDFファイルに設定したものではありません。紙媒体の監査報告書をスキャンして作成したものが、途中に綴り込まれているのです。
PDFファイルであっても紙媒体をスキャンした箇所は、そのページが画像データとなっています。そのページに文字は記載されているものの、テキスト情報としては存在していない。だから、このようなKAMに遭遇したときには、KAMのデータベースを作るにあたって、面倒くさい。
画像データで映っている文字をテキスト情報に変換するには、次の2つの方法が挙げられます。ひとつは、KAMを見ながら、同じように別のファイルに打ち込む方法。もうひとつは、グーグルドライブに保存することで、OCRの読み取り機能を使ってテキスト化する方法。いずれにしても手間がかかる話。
そもそも公衆に縦覧させるための文書であるにもかかわらず、利用を制限させているのには、一体、どんな理由があるのでしょうか。で、考えてみた結果、2つの理由に至りました。
1つ目の理由は、簡単に流通させないため。内容が世間に広まるスピードを緩めたいときには、こうしたセキュリティ設定によってコピペに手間をとらせることができます。
公衆縦覧のものであるため、広まること自体を止めることはナンセンス。なので、できることは、あまり広まらないようにするしかない。不正の調査報告書にも、同じように、紙媒体をスキャンしたPDFファイルでリリースされているものがありますね。
2つ目の理由は、アニュアルレポートの制作スケジュールに間に合わなかったため。案外、これが実務的にあり得るのではないかと考えています。
というのも、紙媒体をスキャンしたKAMを公表したアカウンティング・ファームは、別の会社に対するKAMや監査報告書では普通にテキスト情報で公表しているから。ファームポリシーとして統一した運用ではないことがわかります。すると、個々の現場での対応の結果、そうなっているのです。
では、なぜ、アニュアルレポートの制作スケジュールに間に合わなかったのか。実務家としては、その原因が気になります。そこで勝手に推測してみました。
例えば、KAMについて会社と揉めたのが原因かもしれません。そのKAMを公表することや、KAMの記載ぶり、KAMを受けた会社側の追加開示のあり方などについて、期限ギリギリまで協議していたために、アニュアルレポートにテキスト情報として掲載できなかった可能性が考えられます。
または、監査チームのスケジュール管理が上手くなかったことが原因かもしれない。単純にアニュアルレポートの制作期限に、KAMの情報を提供できなかった可能性も考えられます。
あるいは、会社のほうのスケジュール管理の弱さが原因であるかもしれません。そもそも無理な日程や、タイトな期限、監査人への伝達の遅れなどによって、KAMの情報を受けることに間に合わなかった可能性です。
こうした原因は、紙媒体をスキャンしたKAMや監査報告書を掲載しているアニュアルレポートを経年比較すると掴めるかも。毎年、そのような取扱いなのか。それとも、ある年度だけ、そのような取扱いなのか。
まあ、イギリスのFTSE100の会社では、そんなKAMは2社か3社くらいの話。なので、分析したところで有意な結果は得られないでしょう。誰かが分析してくれるまで、不思議なままにしておきましょうか、ね。
P.S.
日本におけるKAM早期適用事例の分析について、当ブログでは「財務報告の流儀」というシリーズ投稿で解説しています。ただ、ワンコインの有料コンテンツとして提供しているため、「お試し版」をこちらで用意しています。
P.P.S.
2020年3月期に早期適用されたKAMについて分析した結果は、拙著『事例からみるKAMのポイントと実務解説』にてご覧いただけます。まずは、こちらの紹介ページをご確認ください。