Accounting

「みつもり」の動詞における「送り仮名」問題

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先日、仕事仲間と一緒に、見積り開示会計基準に基づく注記を作っていたときのこと。「みつもり」という言葉の送り仮名について、ふと、疑問が生じました。その疑問は、2つ。

その1つは、名詞における送り仮名。「見積り」と書くのか、「見積もり」と書くのか。パソコンで打ち込んでも、どちらも候補として挙がります。ちなみに、会計基準に従うと、「見積り」が正解。その根拠は後ほど説明するとして。

もう1つの疑問は、動詞における送り仮名。「みつもる」が「見積る」か、それとも、「見積もる」か、という問題。これ、即答できるでしょうか。

会計基準の名詞が「見積り」のため、同じように送り仮名を振ると「見積る」です。例えば、「合理的に見積っております」という感じ。なんだか、ちょっと落ち着かない感覚があるのは、ボクだけでしょうか。「見積もる」のほうが良い気もします。

そこで、この「みつもりの送り仮名問題」について、少し調べてみました。調査した結果を共有しますね。

名詞の「みつもり」には根拠がある

名詞の「みつもり」は、企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」のタイトルからわかるとおり、会計基準上は「見積り」というように、「も」という送り仮名が振られていません。

日本語は、もともとガチガチな運用をする言語ではないため、「見積り」「見積もり」ともに使われています。だから、「みつもり」と打ち込むと、どちらも候補として出てくるのです。

ただし、公用文については、ルールがあります。国や自治体が発行する文書が、ものによって送り仮名が違っていると、誤解を招きかねませんからね。

「みつもり」の送り仮名については、内閣訓令第1号「公用文における漢字使用等について」(平成22年11⽉30⽇)で、ズバリ、取扱いが示されています。しかも、複合の語であって、活用のない語であって読み間違えるおそれのない語として、昭和48年内閣告示第2号「送り仮名のつけ方」で示されたルールとは少し違う運用をするものとして例示された言葉のひとつ。

それが、「見積り」です。ASBJもこれを踏まえたものだと推察します。これで、「みつもりの送り仮名問題」の1つは解決。

企業会計基準第31号における巧みの技

では、公用文のルールに基づいているであろう企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」で、「みつもる」と動詞で使う場合に、どのように表現しているか。これを調べました。これ、驚愕の結果でしたよ。

なんと、動詞表現は一切、用いられていませんでした。

すべて名詞の「見積り」で統一していたのです。「見積りによる」「見積りが必要となる」「見積りを行う」と、この会計基準では動詞表現を巧みに避けていたのです。

2021年3月期の企業が、見積り開示会計基準に基づく注記で「みつもる」を動詞で、しかも、「見積もる」と「も」の送り仮名を振っていた事例は、次のように添削できます。

開示事例 添削例
低いと見積もられる 低い見積りによって
合理的に見積もることは困難であります 合理的な見積りは困難であります
保守的に見積もっており 保守的な見積りによっており
合理的に見積もられる 合理的な見積りによる
見積もっております 見積りによっております
見積もられる期間で 見積りの期間で

どうしても動詞で表現したいなら

ASBJの会計基準に倣うと、「みつもる」と動詞では表現せずに、「見積り」と名詞で貫き通すことが適当であることがわかりました。すると、2つ目の送り仮名問題も解決です。

とはいえ、動詞で表現したいときもあるでしょう。そこで、JICPAの文書も調べてみました。対象としたのは、2021年1月14日に最終改正されている監査基準委員会報告書540「会計上の見積りの監査」です。

当初、「見積」というワード検索をしたところ、ヒットした数が702件。これをひとつひとつ目視していくのも大変。そこで、「見積も」や「見積っ」と動詞表現のワードで再検索してヒットしたのは、ただひとつ、「見積る」のみ。

名詞が「見積り」のため、動詞も「見積る」と送り仮名を振るのでしょう。どうしても動詞で表現したいときには、このJICPA式をご利用ください。

余談

見積り開示会計基準に基づく注記は、決算短信の開示を見ていると、通り一遍の記載が多かったですね。どの会社でも使えそうな一般的な記述で終わっている事例が少なくありません。

とある会計士によると、通り一遍の記載をした注記は、会社法監査や金融商品取引法監査を受ける過程で、大きく修正を求められる可能性があるようです。いくら経団連があっさりとした記載例を提供していても、それは関係ないとのこと。会計基準の趣旨に基づいていないことから、監査法人の審査を通らないそうです。

ここに、決算短信の脆弱性が明らかになりました。

まず、決算短信では、財務諸表の注記は投資家に対する説明で必要なものなら開示を求めています。決して注記が不要なワケではなく、必要な情報なら開示せよ、というスタンス。

そういう意味では、重要な会計上の見積りがあるにもかかわらず、決算短信で言及していないケースがあったなら、決算短信のルール、すなわち、上場企業が従うべきルールとしてアウト。

そのため、決算短信で積極的に見積り開示会計基準に基づく注記を行った企業は、財務報告の姿勢として評価されるものと考えられます。

それにもかかわらず、決算短信が監査人の監査対象ではないため、その注記の記載が不十分だとして、計算書類や有報の財務諸表で大きく変更される可能性があるとしたなら、財務報告の充実に前向きな企業の足を引っ張るだけ。チャレンジするほどに訂正の可能性が高まるのですから。

であれば、監査人は、決算短信の段階から、見積り開示会計基準に基づく注記の内容について指導するのが筋ではないでしょうか。細かな表現は別として、大きく記載が変わることを想定しているなら、もう少し早く伝えないと。KAMもあるのだから、監査人としても何が公表済みで、何が未公表の情報なのかを押さえたいハズ。

また、企業は公表した情報に責任を持っており、また、そうした責任のもとで情報開示しています。速報とはいえ、決算短信で開示した内容が大きく変わる状態を承知で何らサジェスチョンがないとしたら、それは監査人の投資家に対する姿勢がおかしい。

一方で、監査人からすれば、監査不要のものまで責任は持てないのも事実。守備範囲がどこまでも広がっていくことは合理的ではありません。それはあまりにも酷なこと。リスクばかり増えていくため、監査人の成り手も減っていくでしょう。

こうした問題の所在は、決算短信が、監査不要の財務報告を求めていることにあります。これが決算短信の脆弱性です。だからこそ、以前のブログ記事「そろそろ日本企業の決算の開示、見直しませんか」で提案したとおり、決算短信は、表紙だけで十分なんです。

財務報告に前向きな企業が、報われる。そのためには、企業の姿勢はもちろんのこと、監査人や取引所、投資家、規制当局などの関係者のサポートも必要だと痛感しますね。だからこそ、ボクは、前向きな企業に対して、メソッドやツール、解説などを提供していきます。

 

P.S.

見積開示会計基準に関する徹底解説について、書籍『伝わる開示を実現する「のれんの減損」の実務プロセス』でおこないました。こちらもご覧ください。

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