こんにちは、企業のKAM対応のスペシャリスト、竹村純也です。
2022年3月期のKAM(監査上の主要な検討事項)について、前年度からの記載の変化について分析していると、ある言葉を置き換えている事例が少なくないことに気付きます。それは、会計上の見積りがKAMとして取り上げられた事例でのこと。
前年度の2021年3月期におけるKAMでは「仮定の合理性」と表現していたのに対して、当年度の2022年3月期では「仮定の適切性」と置き換えているのです。もっとも、当年度も「仮定の合理性」と表現し続けている事例もあるため、一斉に置き換わったものではありません。
実はこの置き換えの原因は、JICPAの監査基準委員会報告書、通称「監基報」の改正にあります。監基報540として「会計上の見積りの監査」があります。タイトルのとおり、会計上の見積りに対する監査の指針。2021年1月14日付けで大幅に改正されました。
これ以前は「仮定の合理性」と表記されていたため、KAMでも同じように記載されているものが圧倒的多数でした。しかし、大幅改正によって、「仮定の合理性」とは表記されなくなりました。その代わりに登場したのが、「仮定の適切性」です。
おそらく、この表記の変更を受けて、KAMでも「仮定の合理性」から「仮定の適切性」へと表現を見直したものと推測されます。実際、2022年6月24日までに有価証券報告書を提出した3月末決算の企業のうち、KAMに「仮定の合理性」と記載された企業は92社。一方、「仮定の適切性」と記載された企業は88社。
ここで気になるのは、どちらが正解か、ということ。改正対応が必要なところ、まだ古い表現が用いられたKAMでは、その財務諸表監査の信頼性が相対的に低下しかねませんからね。企業側としても関心が高まることでしょう。
ご安心ください。2022年3月期のKAMでは、まだ「仮定の合理性」と記載していても問題ありません。というのも、この大幅改正が強制適用となるのは、2023年3月期の財務諸表監査から。もっとも早期適用しているのならば「仮定の適切性」と置き換える必要はありますが、そうでなければ従来と同じ記載となるべきなのです。
ただ、気をつけたいのは、この用語の置換えを失念しやすい点。通常であれば、新旧対照表によって用語の変更に気付きやすい。しかし、この監基報540の改正では、項目の追加や削除などを大幅に行われたことから、新旧対照表が作成されていません。そのため、KAMの記載の変更を見落としやすくなっています。
反対にいえば、2022年3月期において「仮定の合理性」を「仮定の適切性」と表現を見直したKAMが報告されている場合には、そこで実施された監査は、大幅改正された監基報540が早期適用されたことを示しています。このように何気ない言葉の置き換えから、より検討が深まった監査が行われたことが読み取れるのです。
そうそう、さきほど紹介した、2022年3月期のKAMで「仮定の適切性」と置き換えた事例のうち、2社では「仮定の合理性」も記載されていました。おそらくは、修正漏れでしょう。2023年3月期以降のKAMでは「仮定の適切性」に統一されるため、ご注意を。