サステナビリティ開示基準って、まずはIFRSサステナビリティ開示基準を適用し、次に不足する事項を国内基準で補うと勘違いしがち。ほら、「グローバルベースライン」や「ビルディングブロックアプローチ」なんて言葉から、つい、そう連想してしまいますよね。
しかし、そんな構造ではありません。なぜなら、日本としてのサステナビリティ開示政策を考えなければならないから。それは、2022年12月に確定版がリリースされる見込みの金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループの報告書(案)から読み取れます。
そこで、今日は、我が国の「サステナビリティ開示基準」がどう開発されていくかについてお話ししますね。
2つの用語から連想されるイメージ
ISSBから公開草案がリリースされているIFRSサステナビリティ開示基準は、世界各国で共通して開示が要求される事項を包括的に規定するものです。それを表現したのが「グローバルベースライン」でした。
また、各国の状況に照らして、IFRSサステナビリティ開示基準では足りないような事項もあるかもしれません。そうした事項は、この開示基準に上乗せして規定していきます。これが「ビルディングブロックアプローチ」と呼ばれます。
これらの語感からは、基本部分はIFRSサステナビリティ開示基準、また、追加部分は各国の基準や開示規則が担うようなイメージがあります。そのため、国内のサステナビリティ開示基準は、IFRSサステナビリティ開示基準では不足する事項のみを取り扱うのだと。なぜなら、グローバルベースラインを適用しない訳にはいかないからと。
追加部分だけか、それとも、フルパッケージか
しかし、金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループの報告書(案)には、「サステナビリティ基準委員会(SSBJ)の役割や開示基準の位置付け」として、次のとおり記載されています。
今後、必要となる関係法令の整備を行うとともに、上記の条件を満たしたSSBJが開発する開示基準について、個別の告示指定により我が国の「サステナビリティ開示基準」として設定することで、サステナビリティ開示の比較可能性を確保し、投資家に有用な情報を提供していくことが重要である。
ここから、SSBJによる開示基準とは、IFRSサステナビリティ開示基準ではカバーできない追加部分を開発するのではなく、IFRSサステナビリティ開示基準と追加部分を含めたフルパッケージとして開発するものと解釈できます。
ここに違和感を持つのは、2つの言葉からの連想に振り回されているかもしれません。それは、あくまでもIFRS財団側の説明です。決して、日本の開示制度についての説明ではありません。これについては、金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」の第2回の議事録を読むと理解できます。
日本の開示政策
この議事録からは、SSBJが追加部分のみを担うとする考え方について、次の点が抜け落ちています。それは、果たしてIFRSサステナビリティ開示基準が、日本の開示制度つまり有価証券報告書にそのまま受け入れることが可能かどうかを判断する必要がある点です。
というのも、グローバルベースラインという性質上、簡略化した適用が認められないからです。その点を踏まえた判断が必要になるため、日本のすべての上場企業に適用できるかが論点となるのです。
仮に、IFRSサステナビリティ開示基準の要求事項の中で、日本の多くの上場企業にとって開示が困難なものがあったとします。そのときにIFRSサステナビリティ開示基準をそのまま受け入れてしまうと、適用できない事態となります。これでは、日本の開示政策として上手くはない。
そこで、グローバルベースラインから緩めたり、削ったりと、簡略した国内基準を設定する必要に迫られる状況も十分に想定できます。これが、フルパッケージとして国内のサステナビリティ開示基準を開発すべき理由だと考えられます。
日本のサステナビリティ開示基準の4形態
このように、IFRSサステナビリティ開示基準を受け入れるかどうか、また、上乗せ部分を開発するかどうかの観点から、国内基準として次の4つの形態が考えられます。
- IFRSサステナビリティ開示基準を受け入れるのみで、上乗せ部分はない
- IFRSサステナビリティ開示基準に加えて、上乗せ部分を開発する
- 上乗せ部分はないものの、IFRSサステナビリティ開示基準を簡略化する
- IFRSサステナビリティ開示基準を簡略化する一方で、上乗せ部分を開発する
ここで興味深いのは、金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループの報告書(案)には、国内基準に代えて、IFRSサステナビリティ開示基準そのものを適用する話が登場していないこと。会計基準のように、国内の会計基準か、IFRS会計基準か、といった選択が想定されていないのです。
日本基準かIFRS会計基準か、あるいは、米国基準か、といった状況に慣れてしまっているため、サステナビリティ開示基準についても選択適用に考えが及んでしまいます。しかし、先程の議事録では、「複数の会計基準を現在認めているのは国際的には希有」とのこと。それでは、「国内企業の比較可能性等の点で問題を残していることは確かだ」と指摘しています。その意味でも、ただひとつの国内基準がフルパッケージで適用される状況が想定されますね。
日本の会計基準への影響
ひとつ気になるのは、IFRSサステナビリティ開示基準に基づくサステナビリティ情報は、IFRS会計基準に基づく財務情報との「コネクティビティ」(結合性)が念頭に置かれること。つまり、IFRS会計基準のあの膨大な注記事項が前提とされる点です。
すると、IFRSサステナビリティ開示基準をどのような形で受け入れた場合であっても、IFRS会計基準と日本の会計基準との差異が論点になってくることがあるかもしれません。つまり、IFRSサステナビリティ開示基準の行方によって、日本の会計基準に何らかの影響を及ぼしかねないのです。
そう考えると、経理部門の方や会計士にとって、サステナビリティ開示の動向には目が話せませんね。
P.S.
日本にIFRSが適用されるかどうかが騒がれていた時期に、関西学院大学の杉本徳栄教授による『アメリカSECの会計政策―高品質で国際的な会計基準の構築に向けて』(中央経済社)を夢中になって読んでいました。米国でのIFRSの受入れにあたって、SECがどのような対応をとってきたかの詳細な説明が、とにかく面白い。同じようなことが、今、日本でサステナビリティ開示を巡って行われていますね。