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基準の未来を左右する戦略的コメント:SSBJに投じたコメントの真意

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2024年9月5日に開催された第38回のSSBJ(サステナビリティ基準委員会)の会合では、公開草案に寄せられたコメントについて具体的な検討が始まりました。この会合の主な焦点は、サステナビリティ開示テーマ別基準公開草案第2号「気候関連開示基準(案)」における「金額」という用語の使い方にありました。

SSBJの事務局は、まず気候関連の産業横断的指標等の開示要求で使われていた「金額」という用語を「数値」に修正することを提案しました。ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)基準の正式な和訳では、「金額」ではなく「数値」(amount)が使用されており、またISSBのS2号の付属ガイダンスでは、気候関連の機会に関する指標として「件数」も示されています。そのため、ISSB基準との整合性を保つために、「金額」ではなく「数値」という広い用語の使用が適切であるというコメントが寄せられました。これは、私自身がSSBJに提出したものです。

会合での議論では、「数値」という用語の幅広さに関する懸念が示されました。原文が「amount」という量的な数値を指している場合、「数値」という用語の使用によって異なる解釈が生じる可能性があるとの指摘です。また、「量的数値」や「金額および割合」など、より具体的な限定を加えるべきだという意見も出されました。

最終的に、SSBJは「数値」という用語の使用を維持する方針を確認しました。この決定は、ISSB基準との整合性を確保しつつ、SSBJが独自に解釈する余地を排除することを目的としています。この方針により、日本のサステナビリティ基準がグローバルな規範と一致し、信頼性と透明性の向上が期待されます。

SSBJ事務局はさらに、ISSB基準の和訳の不統一にも対処しようとしています。具体的には、気候関連のリスクや機会に関する指標の開示要求で「amount」(量)という原文が「数値」と翻訳されている一方、資本投下に関連する指標では同じ「amount」が「金額」と訳されているという不統一があります。事務局は、このような不統一が実務に影響を及ぼす可能性があることを認識したため、資本投下に関連する指標も「金額」から「数値」に修正することを提案しました。これにより、より包括的で柔軟な情報開示が可能になると期待されます。

さらに、SSBJ事務局はISSBに対しても正式な和訳の修正を提案する意向を示しました。この提案は、基準の解釈や適用における不明確さを解消することで、国際的な整合性を確保することを目指しています。今回の会合では、この修正提案に対して特段の反対意見はなかったため、委員たちはおおむね受け入れる姿勢を示したと考えられます。

私はSSBJ基準案に対し、7つのコメントを提出しました。その中で特に注目すべきは、次の2つです。

  • 日本のサステナビリティ開示基準の適用範囲に関する懸念

企業がISSB基準とSSBJ基準のいずれかを選択できるようにすべきだと提案しました。また、すべての有価証券報告書提出企業が適用可能なSSBJ基準の開発を求めました。これにより、企業の負担軽減とサステナビリティ開示の普及と質の向上を期待しています。

  • 温室効果ガス排出量報告制度の問題点の指摘と改善要求

温対法(地球温暖化対策推進法)に基づく温室効果ガス排出量の報告方法に反対しました。問題の根源は、国際的に認められている「温室効果ガスプロトコル」に基づく測定・開示方法を温対法が認めていない点にあります。そこで、SSBJに対し、環境省等へグローバルベースラインの実現を強く求めることを期待しました。

これらのコメントはいずれも、SSBJの通常の役割を超えたものであることを私は承知しています。にもかかわらず、これらの提案を行った背景には、金融審議会のWG(サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ)で考慮される可能性を見込んで提出しました。WGの議論がサステナビリティ開示制度の具体的な方向性を決定する鍵となるからです。

WGの性質上、最終的な結論が公開草案として意見募集されることはないと考えられます。そこで、私はSSBJ基準案へのコメントを通じて、WGの検討材料として提供される機会を狙いました。2024年5月14日に開催された第2回WGの事務局説明資料には、サステナビリティ情報の開示基準を金融商品取引法令に取り込むにあたり、「SSBJ基準の公開草案の状況を注視」(P.5)することが記載されていたからです。このアプローチによりWGの議論に間接的に影響を与えることで、日本におけるサステナビリティ開示制度の発展に貢献したいと考えています。

P.S.

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