2026年4月22日、国際サステナビリティ基準理事会(ISSB)は、自然関連開示の今後を左右する重要な方針を示しました。自然関連開示に関する開示項目およびガイダンスを、IFRS実務記述書(Practice Statement)の形式で提案することに合意したのです。
- ISSB agrees on the proposed way forward for nature-related disclosures
ISSBが選んだのは、新たな強制基準、いわば自然関連開示版の「IFRS S3」を直ちに策定する道ではありませんでした。この選択は、単なる文書形式の問題ではありません。自然関連開示をISSB基準体系のどこに位置づけ、どの程度の実効性と比較可能性を持たせるのかという、基準設計に関わる判断です。
自然関連リスク・機会は、もはや環境報告の周辺テーマではありません。資源依存、サプライチェーン、規制対応、資本コストを通じて、企業の将来キャッシュ・フローに影響し得る財務関連情報です。だからこそ、自然関連開示をどのような形式で制度化するかは、企業の開示実務だけでなく、投資家の比較可能性や保証実務にも関わります。
この決定の背景には、世界各地でIFRS S1「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」およびIFRS S2「気候関連開示」の導入が進行中であるという現実があります。同日のスタッフペーパー(AP3D)は、実務記述書を推奨する理由の一つとして、IFRS S1およびIFRS S2の導入・採用への混乱を最小化することを明示しています。
ただし、実務記述書はISSB基準そのものではありません。基準への準拠表明に必要な要求事項ではないにもかかわらず、単なる教育的資料ではなく、正式なデュープロセスを経る基準設定文書として位置づけられようとしています。ここに、今回の決定の難しさがあります。
自然関連リスク・機会に関する重要性がある情報は、IFRS S1の枠組みのもとで既に開示対象に含まれています。しかし、その具体的な開示のあり方を示す文書は、基準ではなく、非強制の実務記述書として提案されるのです。S1/S2の導入を妨げないという実務的合理性と、自然関連開示の実効性・比較可能性をどう確保するのかという課題が、ここで交差します。
実務記述書という形式は、自然関連開示を前進させるための現実的な橋渡しなのか。それとも、自然関連開示の制度的位置づけを曖昧にする妥協なのか。本稿では、ISSBのスタッフペーパーおよびニュースリリースに基づき、この形式選択の意味を批判的に検討します。
4つの選択肢が示したもの
ISSBのスタッフペーパーは、自然関連開示の基準設定の形式として、4つのアプローチを分析しています。これらは、単なる文書形式の違いではありません。自然関連開示を既存基準の内部に組み込むのか、独立した文書として外に置くのか。また、ISSB基準として準拠表明の対象にするのか、非強制の文書として利用可能にするのか。その組み合わせをめぐる選択肢です。
第一は、IFRS S1への組み込みです。IFRS S1の既存パラグラフを改正するか、適用指針を追加することによって、自然関連開示をS1の枠組みに明示的に位置づける方法です。IFRS S1は、企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るすべてのサステナビリティ関連リスク・機会について重要性がある情報の開示を求めていることから、自然関連リスク・機会もその対象に含まれます。そのため、この方法には、自然を他のサステナビリティ関連リスク・機会と統合的に扱える利点があります。一方で、IFRS S1の改正を伴うため、導入途上にある企業や法域に混乱を生じさせるおそれがあります。
第二は、IFRS S2への組み込みです。気候と自然には一定の接点があるため、この方法は両者のつながりを示しやすいという利点があります。しかし、自然関連リスク・機会は気候変動に限られません。水資源、生物多様性、汚染、資源依存など、気候とは別個に企業価値へ影響を与える事項も含まれます。そのため、自然関連開示をIFRS S2に組み込むことは、IFRS S2のスコープとの整合性に問題を生じさせます。
第三は、新たな独立ISSB基準を開発する方法です。IFRS S2が気候関連開示を扱うのと同じように、自然関連開示をテーマ別基準として位置づけるものです。この方法であれば、自然関連情報を気候関連情報と同等のテーマ別基準として可視化できるため、自然が補助的に扱われる印象を避けやすくなります。一方で、独立基準とすることには、自然関連リスク・機会を他のサステナビリティ関連リスク・機会から切り離して捉えるサイロ化のリスクがあります。また、IFRS S1、IFRS S2、SASBスタンダード、IFRS S2適用に関する産業別ガイダンスとの関係も複雑になります。
第四が、IFRS実務記述書です。スタッフが推奨し、ISSBが公開草案における提案方針として合意したのは、この形式でした。実務記述書はISSB基準ではありません。そのため、適用はISSB基準への準拠表明の要件ではありません。他方で、単なる教育的資料でもありません。正式なデュープロセスを経て作成される文書として位置づけられます。
つまり、4つのアプローチの違いは、自然関連開示をどこに置くか、そしてどの程度の強制力を持たせるかにあります。IFRS S1やIFRS S2に組み込めば既存基準との一体性は高まるものの、導入途上の基準を動かすことになります。独立基準とすれば自然関連情報の重要性は明確になる一方で、新たな基準導入の負荷とサイロ化のリスクが生じます。実務記述書はその双方を避ける形式とはいえ、非強制であるがゆえに、比較可能性と実効性の確保を別の仕組みに委ねることになります。






