「二度手間の回避」を掲げる実務対応基準が、審議を重ねるほどGHGプロトコルへの差異調整、つまり二度手間そのものに向かっていく。2026年4月23日に開催された第67回SSBJ会合で先送りされた論点群を読み解くと、この構造的矛盾の輪郭が鮮明になります。本稿では、公開草案がすでに内包していた「近似性評価」の論理と、次回以降の審議が実務対応基準の適用範囲自体を掘り崩す経路を分析します。
2026年1月にSSBJが公表した実務対応基準公開草案第1号は、温対法における「温室効果ガス排出量の算定・報告・公表制度」(SHK制度)の測定値を用いてSSBJ気候関連開示基準(以下「気候基準」)に従う場合の実務上の取扱いを定めるものです。
この公開草案の論理的課題については、既に別稿「グローバル・ベースラインの空洞化――SSBJロケーション基準提案が投げかける根源的問い」で検討し、また、公開草案へのコメントとしても提出しました。SSBJは当該コメントを次回以降の審議対象とする方針であるため、ここでは再論しません。
本稿の問いはその先にあります。仮にSSBJが「二度手間の回避」を目的として実務対応基準を策定するのであれば、なぜ、SHK制度とGHGプロトコルの間に横たわる測定範囲・算定方法の差異を調整するための審議を、次回以降に予定しているのでしょうか。その調整作業とは、結局のところ、SHK制度の数値をGHGプロトコルに近づけていく作業に他ならないのではないでしょうか。
公開草案はすでに「近似性」を評価基準として用いている
分析に入る前に、公開草案の論理構成そのものに内在する問題を指摘しておかなければなりません。
公開草案は、SHK制度で報告する「基礎排出量」と「調整後排出量」のいずれを採用するかという選択において、GHGプロトコルとの親和性を判断基準に据えています。BC14項は「基礎排出量の方が、調整後排出量よりも『GHGプロトコル(2004年)』の測定方法との親和性が高いと考えられる」と述べ、そのうえで「比較可能性を確保する観点からは『GHGプロトコル(2004年)』に近いものが望ましいと考えられた」と結論づけています。
ここに論理的な齟齬があります。
もし「二度手間の回避」が制度の本旨であるならば、SHK制度の測定値がGHGプロトコルにどれほど近いかは、本来、決定的な考慮要素ではないはずです。法域制度が要求する方法で測定した数値をそのまま利用できるようにすることが目的です。したがって、その方法がGHGプロトコルに近いか遠いかは二次的な問題にすぎません。
それにもかかわらず、SSBJはGHGプロトコルとの親和性を基礎排出量の選択根拠としています。つまり、SSBJは実質的には「二度手間の回避」とは異なる論理で判断を下しています。公開草案の段階ですでに、SHK制度の測定方法がGHGプロトコルの体系にどの程度近似しているかを評価し、より近似度の高い数値を選び取るという作業が行われているのです。
さらに裏付けとなる記述が公開草案内に存在します。公開草案のBC8項では、SHK制度の2024年度改正について、「GHGプロトコル等の国際的に採用されている算定方法との齟齬を解消すること等を目的として」直接排出・間接排出の区分報告が導入されたと説明しています。加えて、BC9項では、基礎排出量のうち間接排出について、「GHGプロトコルのマーケット基準によるスコープ2温室効果ガス排出の測定方法に近似する形で整合が図られている」と記述しています。
これらの記述は、SSBJが公開草案の設計全体を通じて、一貫してGHGプロトコルとの距離を測りながら判断を行っている事実を裏付けています。形式上は「法域当局が要求する異なる方法」の利用を認めるという構成をとりつつ、実質的には、SHK制度の測定方法がGHGプロトコルにどれほど近いかを評価し、その近似性を正当化の論拠としています。
率直に言えば、「二度手間の回避」は表看板です。実際の判断基準は、GHGプロトコルへの近似性なのです。
第67回SSBJの審議──「重い荷物」は次の便に積み替えられた
第67回会合では、公開草案に対して寄せられた9通のコメントへの対応が審議されました。ただし、当日の審議で方向性が示されたのは、比較的処理が容易な論点に限られています。
公開草案の実質的内容に関わる複数の論点は、「次回以降の委員会で詳細に検討する」として先送りされました。事務局自身が「次回に送ったものが結構比較的重めなので」「今回は、答えが出しやすいものだけ出してる」と述べているとおり、重い論点は意図的に次回以降へ持ち越す方針であったことが明白です。
次回以降に持ち越された主要な論点は、三つの類型に整理できます。
第一は、排出範囲の差異に関する論点です。SHK制度とGHGプロトコルでは、対象となる排出源の範囲が異なります。移動排出源(車両等)の取扱い、メタン等のガス種別の算定方法の差異などについて、コメント提出者から明確化が求められました。事務局は差異の存在を認めたうえで、次回以降に検討するとしています。
第二は、送配電ロスの帰属に関する論点です。SHK制度では送配電ロスに伴うGHG排出をスコープ2に相当する区分に含めています。一方、GHGプロトコルではこれをスコープ3として取り扱います。この差異についても、「温対法の制度と、GHGプロトコルに基づく算定のところで明確にちょっと違うところがある」と整理されるとともに、次回以降の審議に委ねられました。
第三は、カーボンクレジット等の控除に関する論点です。SHK制度の基礎排出量における間接排出は、非化石証書等を反映してトン単位で控除する形で算定されます。コメント提出者からは、この取扱いが気候基準における絶対総量の概念と整合しないのではないかとの指摘がありました。この論点も次回以降に審議されます。
購読者限定|この先で扱う内容
第67回会合で先送りされた測定上の差異を手掛かりに、SHK制度の数値を気候基準上の排出量として利用することの妥当性と、実務対応基準の制度設計にどのような問題が生じるのかを検討します。
・排出範囲・算定方法の差異がスコープ1・スコープ2の表示に及ぼす影響
・「二度手間の回避」と比較可能性の確保を両立させることの難しさ
・差異調整と公開草案第3項の適用範囲との関係、実務対応基準の位置づけ





