今日は、銀座のレストランから。このお店には、2回目の来店。前回に来たときに印象が良かったため、楽しみにしていました。
ところが、メニューを見たときに、気になるワードが目に飛び込んできました。会計を嗜んでいる人が100人いたら、99人以上はツッコミを入れたくなる専門用語。
それは、「原価」という言葉。メニューに「原価で提供しています」と書いてあったのです。
原価というのは、会計の世界での専門用語。ちゃんとした定義がある言葉。1962年11月8日に企業会計審議会が制定した「原価計算基準」には、原価を「経営における一定の給付にかかわらせて、は握された財貨又は用役(以下これを「財貨」という。)の消費を、貨幣価値的に表わしたもの」と定義しています。
小難しい定義だと思うかもしれませんね。要するに、何かを作るときに必要になったものをお金の単位で表現したもの。ここでポイントになるのは、必要になるものの範囲。
会計を嗜んでいないと、原材料費だけを考えがち。メーカーでいうと、材料にかかった代金だけを原価だと勘違いしているのです。
しかし、他にも必要になるものがあります。モノを製造するために人を雇うときには、その人たちの労務費がかかります。また、モノを製造するための設備に関する費用や製造管理のための経費もかかります。これらがなくては、モノを製造することができない。
だから、原価には、こうした労務費や製造経費もかかるのです。材料費だけではないのです。ここが会計の素人とプロとのひとつの境目。
もちろん、これは製造業だけの話ではありません。飲食店のようなサービス業でも、食材や飲料の代金だけではなく、労務費や関連する経費を原価として集計する実務があります。もちろん、原価として集計しなくても労務費や経費は生じるため、売上高で補えなければ赤字となってビジネスの継続に赤信号が灯ります。
このように原価には、材料費、労務費、経費の3つが含まれるという会計の前提があるときに、メニューや看板に「原価で提供している」と記載していることをどう捉えれば良いか。
そこでいう「原価」が材料費だけと考える立場があります。この立場では、その飲食店が仕入れる食材や飲料の代金に利益を含めずに販売代金として設定することになります。
ところが、これでは労務費と経費とを販売代金で回収できないことになります。実際、今日のお店では、スパークリングワインが1杯で1,200円という設定。原価すれすれで提供しているとメニューに記載されています。
お手頃なスパークリングワインが、小売価格で3,000円だったとしましょう。カジュアルな部類の価格設定です。もし小売店の原価率が80%だとすると、そのお店が仕入れる価格は、2,400円程度と推測できます。
一方で、ワインのボトルは、グラスに換算すると6杯程度。とすると、原価は400円程度になるハズ。しかし、そのお店の売価は1,200円。絶対に、原価は材料費だけではない。原価が材料費だけなら、小売価格で9,000円程度でなければならない。これは、かなり高級なスパークリングの部類。そこまでのグレードではない。
したがって、このメニューに記載された「原価」には、労務費や経費なども含まれていることになります。実際、材料費の値段で販売していては、働いている人への給料が払えないし、また、水道代や光熱費などの経費も払えません。こうした売価の設定では、早晩に飲食店は倒産してしまいます。
原価提供を謳っていながらも、長年、お店が続いているなら、「原価が材料費だけ」という会計の素人のようなことは意味していないことになります。もっとも、それが特定の商品だけという場合は、話が別。原価提供の商品だけでは赤字となるものの、それに付随して購入される商品も含めたトータルで考えれば、利益が出ることもあるからです。
あるいは、飲食店で食べ物や飲み物を提供して得られる売上以外にも、何かの収入がある場合には、それも含めた売価設定が可能です。例えば、その飲食店で得られる情報が売り物としての価値がある場合が考えられます。ただし、個人情報などの法律に抵触しないことが条件となります。
話を戻すと、あのスパークリングワインの原価提供という「原価」には、材料費だけではなく、労務費と経費も含まれるハズ。このうち経費は外部の業者との間で決定されるため、操作しにくい。すると、労務費で原価を高めることになります。
特にオーナー系の飲食店だと、店長やその親類の人たちが取締役といった役員になっていることがあります。オーナー系の企業では、役員報酬は自ら決定できます。そのため、自由に設定した役員報酬を何かしらの基準でスパークリングワインに按分した結果、算定された金額のことを「原価」と呼んでいるのではないかと推測できる。
そんなことを考えながら、スパークリングワインのグラスを飲んでいました。ただ、飲み干した頃には、次に注文するワインのボトルを何にしようかと考えるのに夢中になっていたため、そんな推測もどこへやら。お店を出る頃には、「おいしゅうございました」とコメンテーターのようなセリフも発するほどに。
いやいや、トータルとして適正価格なら、それで良いんですよ。楽しんで皆と行っているのだから。野暮なことは言わないの。