FSFD

語る企業と沈黙の監査人:サステナビリティ開示時代の会計監査の致命的欠陥

(記事にはプロモーションが含まれることがあります。)  

国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)や日本のサステナビリティ基準委員会(SSBJ)による開示基準の公表により、サステナビリティ関連財務開示はグローバルかつ急速に進化しています。しかし、この変革の裏側で、ある深刻な問題が静かに進行していることをご存知でしょうか。それは、従来の財務諸表監査が気候変動という未曾有のリスク環境に適応できていないという現実です。

この問題の深刻さを最も鋭く指摘しているのが、英国の気候関連シンクタンクであるカーボン・トラッカーです。この機関は2008年の金融危機後、気候変動による金融リスクを「座礁資産」として概念化し、また、後のTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)設立にも影響を与えた先駆的な存在として知られています。現在、投資家グループ「Climate Action 100+」と連携することで、「気候会計・監査ハイブリッド評価」を通じて気候関連会計・監査の実態を体系的に分析しています。

 

カーボン・トラッカーが展開する「フライング・ブラインド」シリーズは、現代企業の情報開示における深刻な構造的な欠陥を明らかにしています。このメタファーは、気候変動やエネルギー移行による財務的影響を適切に反映していない財務諸表や監査報告書に依拠する投資家の状況を、目隠しをしたまま航空機を操縦することに例えたものです。投資家は重要な情報が欠如した状態で意思決定を迫られているため、まさに巨大なリスクに晒されているのですよ。

2025年4月に発表された最新報告書『Flying Blind: Disabling Autopilot for Audit Reports』(仮邦題「フライング・ブラインド:監査報告書のオートパイロットを解除せよ」)は、この問題の核心に迫る内容となっています。この報告書は、Climate Action 100+の重点企業140社の2022年度を中心とした監査報告書を分析することにより、企業開示と監査実務の間に存在する深刻な乖離を浮き彫りにしました。

  • Flying Blind: Disabling Autopilot for Audit Reports

https://carbontracker.org/reports/flying-blind-disabling-autopilot-for-audit-reports

それには、気候リスクが事業に重大な影響を与える企業群において、その影響を考慮しない財務諸表はもはや受託責任を果たしていないという投資家の認識が明確に示されています。これは単なる開示技術の問題を超えて、企業ガバナンスと資本市場の機能そのものに関わる本質的な課題を突きつけています。

 

「ガバナンス開示」は、誰のために、何を語るのか前のページ

IFRS S2が描く「新・排出量開示の設計図」──GHGプロトコルからの静かな決別次のページ

関連記事

  1. FSFD

    サステナビリティ開示基準の適用によるコスト

    2023年6月26日にISSBからIFRSサステナビリティ開示基準の…

  2. FSFD

    ESRSとISSB基準:サステナビリティ開示が切り拓く競争優位の新次元

    グローバル企業のサステナビリティ開示は、いまや欧州サステナビリティ報…

  3. FSFD

    TISFDが描く未来:不平等解消に向けた次世代の報告フレームワーク

    2024年9月、企業や金融機関が「不平等」と「社会」に関する影響を理…

  4. FSFD

    米国サステナビリティの二幕劇:政治はブレーキ、経済はアクセル全開

    アメリカのサステナビリティ政策は今、奇妙なねじれ現象の中にあります。…

  5. FSFD

    GWP値の落とし穴と企業戦略──ISSB修正案が突きつける「比較可能性のジレンマ」

    2025年4月28日、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が発…

  6. FSFD

    GICS義務撤廃がもたらす開示制度の静かな革命——形式の終焉と実質の時代

    2025年9月、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、IFR…

  1. FSFD

    リスク軽減活動がサステナビリティ関連リスクの識別に与える影響
  2. FSFD

    ISSBとTNFDが描く、自然関連開示の唯一に近い合理的ロードマップ
  3. Accounting

    会社法監査のある非上場企業と「その他の記載内容」
  4. Accounting

    経営者視点の書評が、週刊経営財務に掲載されました
  5. Accounting

    JICPAのKAM分析レポート、ご覧になりました?
PAGE TOP