「米国で気候政策が後退しているから、気候関連開示、特にスコープ3の重要性は下がる」
あなたの会社にも、そう考えている人がいるかもしれません。いや、むしろそう考えたい人がいる、と言った方が正確でしょう。なぜなら、スコープ3の測定と開示は面倒で、コストがかかり、また、不確実性も高いからです。
しかし、国際的な動向を丁寧に追うと、この認識が必ずしも正確でないことが見えてきます。ここで注目すべきは、スコープ3排出の開示が「環境情報」から「財務情報」へと位置づけを変えつつある、という一部の投資家・専門家からの主張です。
本稿では、カーボントラッカーによる最近のコメントレターを起点に、この主張の妥当性と限界を検討することにより、日本企業が実務的にどのような判断を下すべきかを考察します。答えは、あなたが期待するほど単純ではありませんよ。
■投資家視点のスコープ3重要論
カーボントラッカーは、ロンドンに拠点を置く独立系の金融シンクタンクとして、エネルギー転換が資本市場に与える影響を分析しています。この組織の特徴は、投資家、アナリスト、規制当局が理解できる言葉、すなわち「資本市場の言語」で気候リスクを語る点にあります。
国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)や各国規制当局への政策提言を行い、Climate Action 100+では会計・監査ハイブリッド評価を担当するなど、その影響力は決して小さくありません。つまり、彼らの主張は単なる理想論ではなく、実際の基準設定や投資判断に影響を及ぼしうる実務的なメッセージなのです。
このカーボントラッカーは、ISSBが2025年7月に公表した「SASBスタンダードの改訂公開草案(石油及びガス―探査及び生産など)」に対して、同年11月26日付で詳細なコメントレターを提出しました。
- Reports: SASB Standards on Oil and Gas
このコメントレターで繰り返し強調されているのは、スコープ3の重要性が投資家の意思決定ニーズから生じているという点です。スコープ1・2・3すべての排出量が開示されなければ、移行リスクや座礁資産、需要減退といった財務的な影響を評価できない。これが彼らの中核的な論理です。
ただし、ここで留意すべき点があります。コメントレターは一つの専門家意見であるため、ISSBや市場全体の総意を代表するものではありません。カーボントラッカーは影響力のある組織ではあるものの、その主張が基準設定者や投資家コミュニティ全体に受け入れられるかどうかは、今後の議論の行方に左右されます。






