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「価格はいくらか」では、もう足りない――ISSB時代の内部炭素価格開示が問うもの

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ISSB・SSBJ基準の本格適用が迫っています。そうした中、機関投資家やアナリストによる気候開示の評価は、これまで以上に厳しさを増すでしょう。内部炭素価格についても、単に価格水準を示すだけでは到底足りません。IFRS S2.29(f)が問うのは、その価格が意思決定に実際に用いられているかどうかであり、用いられている場合にはいかに用いられているかだからです。

以前であれば、「内部炭素価格を$XX/tCO₂eで導入しています」という一行が、一定の開示として受け入れられる場面もありました。しかし、ISSB・SSBJ基準の適用が現実の問題となった今、その一行だけでは、投資家の問いに対する十分な回答にはなりません。

その価格は、どの排出量に、どの範囲で、実際に課金されているのか。制度の収入はどこへ行くのか。その価格は、設備投資や調達の判断にどう影響しているのか。それは戦略と、どうつながっているのか。これらの問いに答えられない開示は、たとえ価格水準という数字を示していても、投資家が制度の実態や経営への影響を把握するには不十分です。ISSB基準(IFRS S2.29(f))が求める内部炭素価格の開示として、価格水準の記載はあくまで出発点に過ぎません。

なぜ、多くの企業の開示がそこにとどまるのでしょうか。その背景には、内部炭素価格を「サステナビリティ関連の環境指標」として扱い、経営の仕組みとして十分に位置づけていないという問題があります。「導入した事実を示せば十分」という発想のもとでは、制度の適用範囲も運用実態も戦略との接続も、開示には現れてきません。開示の薄さは、多くの場合、制度設計そのものの薄さを映し出しています。

では、投資家の問いにより具体的に答えられる開示とはどのようなものでしょうか。その検討材料となるのが、RELXの2025年の年次報告書における内部炭素価格の開示です。RELXは、価格水準だけでなく、実際の課金、適用範囲、対象排出量、スコープ別カバー率、価格設定根拠、カーボンファンド、戦略との接続を一体として示しています。本稿は、内部炭素価格開示の包括的な企業比較を目的とするものではないが、RELXの開示はISSB時代の開示設計を考えるうえで有用な参照事例といえます。

 

RELXは、英国に本社を置くグローバルな情報サービス・分析企業です。科学・医療、法務、リスク分析、展示会などの分野で、専門職・企業向けの情報提供・分析・意思決定支援を主力事業とします。そのため、鉄鋼・化学・電力・航空といった高排出セクターとは性格が根本的に異なります。同社自身も、エネルギーがコストベースの1%未満であり、炭素コストの増加が財務計画に重要な影響を与える可能性は低いと説明しています。

この特性に照らせば、RELXの開示が製造業や高排出セクターの企業にとって模倣すべきテンプレートでないことは明らかです。しかし、RELXの開示が参照価値を持つのは、価格水準という数字にではなく、開示の構造と姿勢にあります。内部炭素価格を単なる価格情報としてではなく、経営実践に裏打ちされた仕組みとして開示している点に、この事例の本質があるのです。その開示姿勢はどこまで評価でき、どこに限界があるのか。以下に検討します。

 

RELXは、2025年の年次報告書のESRS及びTCFDに関する開示において、内部炭素価格制度の詳細を説明しています。注目すべきは、同社が単に「内部炭素価格制度」と表記するのではなく、「real(実効的)内部炭素価格制度」を運用していると強調している点です。これはシャドープライス、すなわち投資判断時の仮想的費用計算との対比を明示するための表現です。

RELXがいう「real(実効的)内部炭素価格制度」とは、全事業に対してスコープ1・スコープ2・一部スコープ3排出カテゴリーに実際に課金する制度を指します。その制度収入はカーボンファンドを構成し、資金が許す範囲でサステナビリティ関連プロジェクトに充当されると説明されています。2025年度の価格は$50/tCO₂eであり、対象排出量は37,221 tCO₂eでした。スコープ別カバー率はスコープ1が100%、スコープ2が100%、スコープ3が12%です。価格はUNGC(国連グローバル・コンパクト)の$100/tCO₂e目標に沿って設定されており、毎年引き上げられています。

さらに注目に値するのは、この内部炭素価格の開示箇所が「指標・目標」セクションではなく、「戦略」セクション(TCFD IIb)に置かれている点です。同セクションでは、財務的影響の文脈づけ(エネルギーはコストベースの1%未満、炭素コストの増加は財務計画に重要な影響を与えない)、リスク評価(印刷・対面型製品・イベントが収益の16%を占め気象関連の物流混乱リスクにさらされる)、4事業セグメント別の気候関連製品・サービスの具体化が一体として示されています。Elsevierではエネルギー転換や環境科学に関する研究情報、LexisNexis Legalでは環境法務情報、Riskでは航空分野の排出量算定や運航効率化、RXでは気候関連イベントがそれぞれ示されています。

ここまで見るだけでも、RELXの開示が単なる価格水準の説明にとどまらないことが明らかです。しかし、これをそのまま優良事例として評価してよいかどうかは、また別の問いです。開示の具体性は、制度の実効性をどこまで示しているのか。そして逆に、開示からは何が読み取れないのか。次に、基準上の論点を整理したうえで検討していきます。

 

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