2027年3月期(令和8年度)の私立学校監査では、重要性の基準値について、一度立ち止まって検討しておきたいことがあります。
それは、「重要性の基準値を算定する基礎として、何を指標に選ぶのか」です。
この問いが改めて意味を持つのは、学校法人委員会研究報告第19号「学校法人監査における監査計画書及び意見形成時の監査調書の様式例と記載上の留意事項」が廃止されたためです。日本公認会計士協会(JICPA)は、2026年3月18日の常務理事会において同研究報告の廃止を承認し、同日付けで廃止しました。
一つの研究報告が廃止された。それだけなら、監査実務を大きく変える話には見えません。
しかし、重要性の設定という観点からみると、事情は少し異なります。研究報告第19号がなくなったことで、学校法人という非営利組織について、重要性の指標を考える際に、判断の方向を示していた具体的な参照点の一つが失われたからです。その結果、これまで見過ごされやすかった「なぜその指標なのか」という判断が、以前より前面に現れます。
なくなったのは「ルール」ではなく「参照点」である
研究報告第19号では、重要性を設定するためのベンチマークについて、「事業活動収入計」や「総資産」に与える影響を考慮する考え方が示されていました。もちろん、研究報告は監査基準報告書とは位置付けが異なります。特定の指標を使用することを監査人に義務付けるものではありません。
したがって、研究報告第19号が廃止されたからといって、事業活動収入計や総資産など、従来採用してきた指標を引き続き用いることが直ちに否定されるわけではありません。それでも、この廃止には実務上の意味があります。
これまでは、学校法人監査に関するJICPAの研究報告の中に、事業活動収入計や総資産という具体的な指標が示されていました。監査人は、それを学校法人の特性を踏まえて重要性を検討する際の一つの参照点とすることができました。その参照点がなくなった以上、従来と同じ指標を使用するとしても、監査人は改めて自らに問い直す必要があります。
なぜ、その指標が当該学校法人の重要性を測る基礎として適切なのか。
研究報告第19号の廃止によって変わるのは、必ずしも重要性の基準値そのものではありません。むしろ、その基礎となる指標を選択した理由を、監基報320の考え方に照らして説明する必要性が、これまで以上に明確になったと捉えるべきでしょう。
なぜ2027年3月期が一つの節目になるのか
研究報告第19号の廃止日は2026年3月18日です。そのため、時期だけをみれば2026年3月期監査から論点になり得ます。しかし、3月決算の学校法人については、廃止時点ですでに当年度監査の計画や重要性の検討が進んでいたケースも少なくないと考えられます。
しかも、研究報告の廃止は、それ以前に行われた監査人の判断を否定するものではありません。廃止されたという事実だけを理由として、監査の終盤で既に設定した重要性の基準値を変更しなければならないわけでもありません。
これに対して、2027年3月期は位置付けが異なります。研究報告第19号が存在しない状態を前提として、期初から監査計画を策定することができるからです。
従来と同じ指標を継続するのか。それとも、改めて別の指標を検討するのか。そのいずれを選ぶにしても、研究報告第19号に掲載されていた例示を所与のものとせず、現行の監査基準報告書に立ち返って指標選択の根拠を確認し、そのうえで重要性の判断を改めて組み立て直す好機となります。
2027年3月期は、重要性の基準値を必ず変更すべき年度なのではありません。その基準値を何によって測るのかを再検証するのに適した年度なのです。
監基報320に立ち返ると、「指標を選ぶ」という判断が見えてくる
そこで出発点となるのが、監査基準報告書320「監査の計画及び実施における重要性」です。監基報320では、財務諸表全体としての重要性の基準値を決定する際、通常、指標を選択し、その指標に一定の割合を乗じる方法が用いられることが示されています。
また、指標の例として、税引前利益、売上高、売上総利益、費用合計、株主資本合計又は純資産などが挙げられています。指標の選択に当たっては、財務諸表の構成要素、財務諸表利用者が特に注目する項目、企業の特性、所有構造や資金調達方法、指標の相対的な変動性などが考慮要因となります。
この規定から分かるのは、重要性の基準値が単なる計算結果ではないということです。何を基礎となる指標として選ぶかという段階で、既に職業的専門家としての判断が重要な重みを持っています。
たとえば、ある組織について利益を指標とすることと、収益を指標とすること、費用を指標とすること、総資産を指標とすることでは、それぞれ違う側面を基準として重要性を測ることになります。
だからこそ、指標の選択には、「その組織の何を重要性の尺度として捉えるのか」という監査人の考え方が表れます。
営利企業と同じ発想でよいのか
監基報320では、営利目的企業について、税引前利益が使用されることが多いとされています。企業業績を評価するうえで利益は重要な情報であり、財務諸表利用者の関心も向かいやすいからです。
しかし、学校法人では、営利企業とは組織目的や財務諸表利用者の関心が異なるため、どの指標が適切かを学校法人の特性に即して検討する必要があります。したがって、営利企業で一般的に用いられる利益指標をそのまま当てはめるだけでは、学校法人の活動規模や財務諸表利用者の関心を適切に反映できるとは限りません。
ここで、研究報告第19号が示していた事業活動収入計や総資産という指標の意味を、改めて考える必要が生じます。
事業活動収入計は、学校法人が一定期間に受け入れた収入の規模を捉えるフロー情報です。一方、総資産は、その時点における財政状態を表すストック情報です。両者は、学校法人の異なる側面を捉える指標です。
したがって、「研究報告第19号に例示されていたから」という理由を離れて考えたとき、どちらを採用するか、あるいは別の指標を採用するかは、学校法人の特性や財務諸表利用者の関心との関係から説明されなければなりません。ここに、研究報告第19号の廃止後に改めて検討する価値があります。
ISA 320は、非営利組織の何を測ろうとしているのか
この問題を考えるため、監基報320の基礎となっている国際監査基準(ISA) 320 “Materiality in Planning and Performing an Audit”にも目を向けてみます。
ISA 320の適用指針では、非営利組織について、総収益又は総費用をベンチマークとする例が示されています。ここで着目したいのは、非営利組織について、「収益」だけでなく「費用」も重要性を測るための指標として例示されていることです。これは、学校法人監査を考えるうえでも示唆的です。
非営利組織では、総収益又は総費用が、その活動規模を表す指標として適切となる場合があります。この発想に立てば、学校法人についても、収入側の数値だけでなく、教育研究活動等に投入された費用側の数値を重要性の指標として検討する余地が生じます。
そして、ここに研究報告第19号とISA 320との興味深い違いがあります。
研究報告第19号では、事業活動収入計や総資産が参照点として示されていました。他方、ISA 320の非営利組織に関して、総収益又は総費用が例示されています。ここから、活動規模を捉える観点から検討することができると考えられます。
もちろん、ISA 320の例示をそのまま日本の学校法人監査へ持ち込めばよいわけではありません。学校法人には固有の会計制度と財務諸表体系があります。したがって必要なのは、ISAの用語を機械的に学校法人会計の数値へ置き換えることではありません。
問うべきなのは、なぜ非営利組織について収益や費用が重要性の指標になり得るのか、その考え方を学校法人の財務諸表に当てはめたとき、どの数値が最も適切なのかということです。
「事業活動収入計か総資産か」で終わらせない
ここまで考えると、2027年3月期の検討課題は、単に研究報告第19号の例示を継続するかどうかではないことが分かります。たとえば、これまで事業活動収入計を指標としてきたのであれば、その理由を改めて考えてみる。
その学校法人の活動規模を表す数値として、事業活動収入計が適しているのか。財務諸表利用者も、その数値を重要な尺度として捉えると考えられるのか。年度による変動を含め、重要性を安定的に測る基礎として適しているのか。
総資産を使用してきたのであれば、同様に問う必要があります。なぜ活動規模を示すフロー情報ではなく、財政状態を示すストック情報を基礎とするのか。総資産の規模が、当該学校法人について虚偽表示の重要性を判断するための適切な尺度になるのはなぜか。
さらに、ISA 320の考え方を参考にするのであれば、費用側の指標についても検討対象になり得ます。学校法人の活動は、収入を獲得すること自体を目的としているのではありません。教育研究という目的のために資源を使用することに意味があります。そうであるならば、学校法人の活動規模を測る尺度として、資源をどれだけ受け入れたかを見るのか、それとも、その資源を教育研究活動にどれだけ投入したかに重心を置くのかという問いには、検討の余地があります。
研究報告第19号の廃止は、その問いを表面化させたと見ることができます。
重要性の基準値を見直すとは、「物差し」を問い直すことである
重要性というと、どうしても最終的な金額や適用する割合に目が向きます。しかし、その金額を左右するのは割合だけではありません。その前提となる指標が変われば、同じ割合であっても重要性の基準値は大きく変わり得ます。
しかも、指標の選択は単なる算術上の問題ではありません。事業活動収入計を選ぶのか。費用を表す数値を選ぶのか。総資産を選ぶのか。どの指標を物差しとして選ぶかによって、重要性の基準値の意味合いも変わります。そこには、その学校法人の何を基準として虚偽表示の重要性を測るのかという監査人の判断があります。
研究報告第19号が存在していたときには、その判断を具体化するための一つの参照点が示されていました。その研究報告が廃止された今、従来の指標を継続して使用する場合も含め、その適切性を監基報320が示す考慮要因に照らして改めて確認することに意味があります。その際には、ISA 320が非営利組織について示している考え方も、判断を具体化するための参考となります。
2027年3月期に問われるのは、従来の重要性の基準値を変えるべきかどうかだけではありません。その基準値を測っている「物差し」は、本当にその学校法人にふさわしいのか。研究報告第19号の廃止は、学校法人監査に、その問いを改めて投げかけています。









