2026年3月、ISSBは、SASBスタンダードの改訂案において、「農産物」、「食肉、家禽及び乳製品」、ならびに「電気事業者及び発電事業者」の開示要求の見直しを提案しました。これに対し、同年8月、機関投資家団体であるIIGCC(Institutional Investors Group on Climate Change:気候変動に関する機関投資家グループ)は、この改訂案を全体として支持しながらも、家畜生産に関する開示について興味深い指摘を行っています。
- IIGCC’s response to ISSB exposure draft of proposed amendments to the SASB Standards(仮邦題:SASBスタンダードの修正案に関する公開草案に対するIIGCCの回答)
ISSBは、家畜生産について新たに養分管理計画(nutrient management plans)の開示を求めることを提案しました。IIGCCもこの提案には賛成しています。しかし同時に、従来から求められていた堆肥の発生量(manure generation volumes)についても、引き続き開示すべきと主張しているのです。その理由として、集約的な家畜生産に伴う環境リスクへのエクスポージャーを評価するには、企業がどのような管理計画を講じているかだけでなく、その管理対象となる影響の規模を把握するための情報も必要であることを挙げています。
この指摘は、一見すると不思議に映ります。養分管理計画が開示されれば、企業が環境リスクに対してどのような対応を行おうとしているのかは分かります。それにもかかわらず、IIGCCは、その対応とは別に、堆肥の発生量まで必要だと考えています。
ここで、養分管理計画と堆肥の発生量との関係を確認しておきます。家畜生産では、家畜の排泄物や堆肥に含まれる窒素やリンなどの養分を、どのように保管し、農地へ施用するかによって環境負荷が左右されます。養分管理計画は、こうした養分をどのように管理するかを示すものです。これに対して、堆肥の発生量は、その管理対象がどの程度の規模で存在するかを示します。したがって、同じ養分管理計画を採用していても、発生量が大きく異なれば、管理すべき環境リスクの規模も異なるのです。
この関係を本稿の問題意識に引き付けて考えると、養分管理計画だけでは分からないものが見えてきます。企業が「何をしているか」という情報だけで、その対応を十分に評価できるのか、それとも対応を評価するためには、その前提となるリスクの規模についても情報が必要なのか、という問題です。
しかも、この問題は、家畜生産に固有のものではありません。企業が再生可能エネルギーを導入している、サプライヤーと協働している、内部炭素価格を導入している、あるいは移行計画を策定しているという情報だけで、投資家はその企業の対応を評価できるのでしょうか。
IIGCCのコメントは、SASBスタンダードの個別指標をめぐる技術的な意見にとどまりません。そこからは、投資家が企業のサステナビリティ対応をどのように評価しているのかという、より一般的な問いが浮かび上がります。
本稿では、この問いを出発点として、まず投資家が企業の対応を評価する際に何を見ようとしているのかを整理します。そのうえで、IIGCCの他の提言とリレックス社(RELX plc)、ユニリーバ社(Unilever plc)、ナショナル・グリッド社(National Grid plc)の開示を検討することにより、そこに共通する情報の構造から、投資家が「この対応で足りるのか」を判断するために必要な情報を考えます。
投資家が評価しているのは、Responseではなく「十分性」ではないか
IIGCCのコメントからは、一つの仮説を導くことができます。それは、投資家が評価しようとしているのは、企業のResponseの有無や内容だけではなく、そのResponseが企業の置かれた状況に照らして十分であるかどうかではないか、というものです。
IIGCCが、養分管理計画だけでなく、その対象となる堆肥の発生量も求めたことは、この仮説を考える手掛かりになります。管理計画が企業のResponseを示すのに対し、発生量は、そのResponseが対象とするExposureの規模を示します。
例えば、同じ管理計画を採用している二つの企業があったとしても、一方の企業が極めて大きな環境リスクにさらされ、他方の企業では同じリスクが限定的であるならば、その管理計画が持つ意味は同じではありません。逆に、両社が同程度のリスクにさらされていたとしても、講じる対応の内容や実効性が異なれば、対応後に残るリスクの大きさは変わる可能性があります。
したがって、投資家が判断したいのは、単に「企業は何をしているのか」ということではなく、企業が置かれた状況に照らして、その対応で足りるのかという点です。そして、その十分性は、Responseだけを切り離して見ても判断することはできません。その対応が必要となる前提や、対応によって何が変わり、何が残るのかまで含めて理解する必要があります。
つまり、企業が自らの取り組みを説明するための情報と、投資家がその取組の十分性を評価するために必要な情報とは、必ずしも一致しないのです。本稿の仮説は、投資家が求めているのは企業のResponseそのものだけではなく、そのResponseの十分性を判断できる情報であるという点にあります。




