不正リスクを監査報告書でどう語るのか――ISA 240改訂をめぐる論争

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不正リスクについて、監査人は監査報告書でどこまで語るべきなのか。

ISA 240の改訂では、不正に関連するKAMをめぐって、監査報告書の透明性を高めようとする考え方と、形式的な報告や誤解を招くことへの懸念がぶつかりました。

その議論を追っていくと、「不正関連KAMは、少なくとも一つ必要なのか」という具体的な問題が浮かび上がってきます。

一見するとKAMの件数をめぐる問題です。しかし、その先には、監査報告書は何を伝えるためのものなのか、KAMに何を期待するのかという、より大きな問いがあります。

このページでは、2020年の議論の出発点からISA 240(Revised)の確定、そして日本での導入まで、不正関連KAMをめぐる議論を追った記事をまとめています。

 

ISA 240の改訂そのものは、不正に関する監査人の責任全般に及ぶ大きな改訂です。

このシリーズで焦点を当てたのは、その中でも「不正に関する監査報告書の透明性」です。

とりわけ追ったのが、不正に関連する監査上の主要な検討事項(KAM)をどう扱うかという議論でした。

議論をたどっていくと、「不正についてもっと語る」という方向性を、実際の監査報告書にどう落とし込むかは、それほど単純ではなかったことが分かります。

不正関連KAMがないことをどう考えるのか。「少なくとも一つ」を事実上求めることにならないか。形式的な記載を増やさないか。「不正関連KAMはない」という記載が、不正そのものがなかったという保証のように受け取られないか。

こうした論点について、IAASBがどのような案を検討し、どのような意見を受け、最終的にISA 240(Revised)をどうまとめたのか。そして、その考え方が日本の監査基準報告書240にどう取り込まれていくのかを、一次資料をたどりながら追っています。

 

不正関連KAMをめぐる現在のルールだけを見ると、なぜこのような形になったのかは見えにくいものがあります。そこで、このシリーズでは、議論が動いた順に一次資料をたどりました。

2020年 出発点は「期待ギャップ」だった

IAASBは、不正に関する監査人の役割と社会の期待との間にあるギャップを問題として取り上げました。その中で、監査報告書において不正についてより透明性を高めることも検討課題となりました。

2022~2023年 不正について監査報告書でどう語るか

検討は、監査報告書に不正に関する独立したセクションを設ける案から、KAMの仕組みを使って不正に関連する事項を報告する方向へ進んでいきます。そして、「不正に関連するKAMがないことはまれ」という考え方が形を取り始めました。

2024年 ED-240で「最低一件」をめぐる問題が表面化する

公開草案ED-240には、「不正に関連するKAMを少なくとも一つ報告しなければならない」とは書かれていませんでした。それでも、一部の監査法人などから、提案された要求事項と適用指針を組み合わせれば、事実上「最低一件」を求めることになるのではないかとの懸念が示されました。

2024~2025年 「もっと語るべき」と「形式化させるべきではない」がぶつかる

一方では、不正について監査報告書の透明性をもっと高めるべきだという意見がありました。他方では、不正関連KAMを事実上必須にすれば、形式的な記載を生み、かえってKAMの有用性を損なうとの懸念もありました。さらに、「不正関連KAMはない」と明記することが、不正そのものがなかったという保証のように受け取られる可能性も問題となりました。

2025年 ISA 240(Revised)が最終化される

IAASBは、公開草案へのコメントを受けて提案を修正しました。「最低一件」を要求する規定は置かれず、不正関連KAMがない場合の明示的な記載も採用されませんでした。その一方で、不正に関連する事項は通常KAMとなるという考え方は、適用指針に残されました。

2026年 議論は日本へ

ISA 240(Revised)を受けて、日本公認会計士協会(JICPA)は監査基準報告書240の改正公開草案を公表しました。ところが、ISA 240(Revised)と日本の公開草案を読み比べると、不正関連KAMをどのように決定するのかという重要な箇所に、気になる表現の違いがありました。

 

このシリーズでは、2020年の問題提起からISA 240(Revised)の最終化、そして日本の監査基準報告書240の改正公開草案まで、不正関連KAMをめぐる議論を6回に分けて追いました。

第1回 出発点は「もっと語るべきではないか」

不正監査は、なぜ「監査報告」の問題になったのか――ISA 240改訂の出発点

不正について、監査人は監査報告書でもっと語るべきではないか。

2020年にIAASBが公表したDiscussion Paperから、議論は始まりました。監査人に何が期待され、現在の監査との間にどのようなギャップがあるのでしょうか。そして、なぜその解決策の一つとして監査報告書の透明性が浮上したのでしょうか。ISA 240改訂の出発点をたどります。

▶ 第1回を読む

 

第2回 「ゼロはまれ」は、どこから来たのか

「不正関連KAMは少なくとも一つ」だったのか――独立した不正セクションから「ゼロはrare」へ

不正について監査報告書で語るとして、どのような仕組みにするのか。

IAASBでは、不正に関する独立したセクションを設ける案も検討されましたが、議論はKAMの仕組みを利用する方向へ進んでいきます。その過程で現れたのが、「不正に関連するKAMがないことはまれ」という考え方でした。後の「最低一件」をめぐる論争につながる形成過程を追います。

▶ 第2回を読む

 

第3回 なぜ「書かれていない要求」が問題になったのか

「最低一件」とは書いていない――なぜ監査法人はED-240に異議を唱えたのか

2024年に公表されたED-240には、「不正関連KAMを少なくとも一つ報告しなければならない」とは書かれていませんでした。

それでもDeloitteなどは、提案された要求事項と適用指針を組み合わせれば、事実上の「最低一件」要求になりかねないと懸念しました。なぜ、書かれていない要求を読み取ったのでしょうか。コメントレターから、その理由を探ります。

▶ 第3回を読む

 

第4回 「もっと語るべき」と考えた側は、何を求めたのか

「監査報告書はもっと語れる」――投資家は不正について何を知りたかったのか

「最低一件」への懸念だけを見ていては、この論争の全体像は見えてこない。

CFA Institute、CEAOB、IOSCO、CRUFなどからは、不正について監査報告書の透明性を高めることを支持する意見も寄せられました。ただし、「もっと語るべき」という方向性が同じでも、どこまで語るべきかについて考え方は一様ではありません。透明性を求めた側のコメントから、その違いを読み解きます。

▶ 第4回を読む

 

第5回 IAASBは、最終的にどこへ線を引いたのか

「ゼロ件なら書け」は消えた――それでも「ゼロはrare」が残った理由

公開草案へのコメントを受けて、IAASBは提案をそのまま最終化したわけではなかった。

要求事項から消えたもの、監査報告書から消えたもの、そして適用指針に残ったものがあります。「最低一件」をめぐる懸念と、透明性を高めようとした当初の目的との間で、ISA 240(Revised)はどこに着地したのでしょうか。最終基準を公開草案と読み比べます。

▶ 第5回を読む

 

第6回 日本の公開草案は、ISAと同じ判断を求めているのか

不正関連KAMは「ゼロ」から考えるのか――ISA 240と監基報240公開草案を読み比べる

ISA 240(Revised)では、「少なくとも一つの不正関連KAMを報告しなければならない」という要求事項は置かれませんでした。

では、それを受けた日本の監査基準報告書240の公開草案はどうでしょうか。両者を読み比べると、不正関連KAMを決定する際の判断の出発点に、気になる違いが見えてきます。「最低一件ではない」と確認した、その先にある問題を考えます。

▶ 第6回を読む

 

不正関連KAMは、監査を本当に透明にするのか――ISA 240改訂を追って考えたこと

ここまでの6回では、できるだけ一次資料に沿って、ISA 240改訂をめぐる議論を追ってきました。では、その議論を最後まで追ったうえで、私はどう考えたのでしょうか。

不正関連KAMを増やせば、監査報告書の透明性は高まるのか。それとも、報告すること自体が目的となり、形式的な記載を増やすことになるのか。そして、不正が繰り返し問題となってきた日本で、この改訂をどう受け止めるべきなのか。

総括記事では、6回の議論をもう一度要約するのではなく、このシリーズを追う中で考えたことを書きました。

その検討は、最後に一つの具体的な行動につながりました。JICPAの監査基準報告書240の改正公開草案に対して、コメントを提出することにしました。

▶ 総括記事を読む

 

全6回は議論が動いた順に構成しているため、第1回から順に読むと、ISA 240改訂の流れを最もつかみやすくなります。

ただ、関心のある論点から読み始めても、それぞれの記事だけで読めるようにしています。

ISA 240改訂の議論を最初から追いたい方
→ 第1回から順に

「不正関連KAMは最低一件なのか」という問題が気になる方
→ 第2回 → 第3回 → 第5回

監査法人はなぜED-240に反対したのかを知りたい方
→ 第3回

不正について監査報告書でもっと語るべきだという側の議論を知りたい方
→ 第4回

公開草案から最終版で何が変わったのかを知りたい方
→ 第5回

日本の監基報240公開草案とISA 240(Revised)の違いが気になる方
→ 第6回

この議論を追ったうえで、筆者が最終的にどう考えたのかを知りたい方
→ 総括記事

迷った場合には、まず第3回を読むのも一つの方法です。

「最低一件とは書いていないのに、なぜ監査法人は『最低一件』を懸念したのか」。この疑問から入ると、このシリーズで追ってきた論争の核心が見えやすくなります。

 

このシリーズでは、最終的な基準の文言だけでなく、そこに至るまでに何が議論され、どのような意見を受けて提案が変わっていったのかを確認するため、できるだけ一次資料をたどりました。

主に参照したのは、次の資料です。

  • IAASB「Fraud and Going Concern in an Audit of Financial Statements: Exploring the Differences Between Public Perceptions About the Role of the Auditor and the Auditor’s Responsibilities in a Financial Statement Audit」(2020年)
  • ISA 240改訂のProject Proposal
  • IAASB会議のAgenda Paper、議事録などの審議資料(2022~2023年)
  • IAASB「Proposed International Standard on Auditing 240 (Revised), The Auditor’s Responsibilities Relating to Fraud in an Audit of Financial Statements」(ED-240、2024年)
  • ED-240に寄せられた監査法人、投資家・利用者団体、規制当局などのコメントレター
  • IAASB「International Standard on Auditing 240 (Revised), The Auditor’s Responsibilities Relating to Fraud in an Audit of Financial Statements」(2025年)
  • IAASB「Basis for Conclusions: ISA 240 (Revised)」(2025年)
  • JICPA「監査基準報告書240『財務諸表監査における不正』の改正について」(公開草案、2026年)
  • JICPA「監査基準報告書700『財務諸表に対する意見の形成と監査報告』の改正について」(公開草案、2026年)
  • JICPA「監査基準報告書701『独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告』の改正について」(公開草案、2026年)

基準の最終的な文言だけを読めば、「何が決まったのか」は分かります。しかし、「なぜその文言になったのか」を知るには、その前にあった案や、それに対して寄せられた賛否まで遡る必要があります。このシリーズでは、そこに重点を置きました。

 

このシリーズで追ってきたのは、不正関連KAMを何件報告するのかという問題だけではありません。その背後にあったのは、不正について、監査人は監査報告書で何を、どこまで伝えるべきなのかという問いでした。

透明性を高めることには意味があります。しかし、情報を増やせば、それだけで監査報告書が有用になるわけではありません。形式的な記載が増えれば、かえって本当に伝えるべき事項が見えにくくなることもあります。だからこそ重要なのは、「不正関連KAMを報告したか」という結果だけではなく、監査人が何を重要と判断し、なぜそれを監査報告書で伝えるのかという判断の過程なのだと思います。

ISA 240(Revised)は最終化されました。一方、日本でこの考え方がどのような形で監査基準報告書240に取り込まれるのかは、まだ確定していません。

このシリーズは、そこで終わりではありません。

日本の監基報240が最終化されたとき、第6回で取り上げた論点がどう決着したのか、そして提出したコメントがどのように扱われたのかを、改めて確認します。

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