企業の財務報告といえば、有価証券報告書。100ページを超えも珍しくないほどに、ボリュームがあるもの。会社法に基づく事業報告や計算書類と比較すると、数倍以上になるでしょう。
有価証券報告書は、大きく前半と後半とに分けられます。後半は、いわゆる決算書のパート。これは基本的に数字で表現されます。
一方、前半のメインは、財務情報以外の開示となる記述情報。「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」や「事業等のリスク」、「MD&Aに共通する事項」などの開示のこと。各社、一生懸命に文章を記載して頑張っています。
しかし、その努力が報われないとしたら、どう思うでしょうか。正確には、「報われない」ではなく、「報われない書き方をしている」ですけどね。
昨日の2019年8月3日に開催された日本監査研究学会の全国大会で、「テクノロジーの進化と監査」というテーマの発表がありました。その中の「会計不正の予測と監査人の特徴」で、監査の品質が、監査報告書にサインをしている人の年齢や性別、学歴、経歴などと関連していることが徐々に明らかになっていると報告されていました。詳細な個人属性データを利用できるようになれば、そうした研究が進むだろうといいます。
監査人の経歴と聞いて思い出したのは、知人の話。会計監査をメインにしている会計士で、ネットで名前を検索しても、なかなかヒットしないといいます。監査報告書に記載された名前を除けば、ネットで検索できる会計士は極めて少ないのです。
もちろん、検索にヒットしないからといって、何もしていない訳ではなく、価値が認められないことをしている訳でもない。出版やセミナー、取材などによってネットの世界に露出していないだけ。そのことをもって、その会計士のすべてを評価できる訳ではありません。
ただ、ひとつだけ言えることがあります。それは、その会計士はネットの世界では認知されない、ということ。ネットに記録される活動がないため、あたかも存在していないかのように映ってしまうのです。
このように、ネットの世界に記録される活動をしていると、他の人との違いを生み出します。存在しているがゆえに認知されやすくなる。何もない中では、大きく抜きん出なくても、ほんの少しだけ違うだけで認知される存在になれる。
財務報告でも同じことが言えます。有価証券報告書には記述情報を頑張ってたくさん記載しているでしょう。しかし、その記述がどこかで見たような文章で埋め尽くされているなら、他社との違いが生み出されません。つまり、認知されないのです。
例えば、設備投資をするかどうかを意思決定するときに、その支出をしようがしまいが生じるコストのことを埋没原価と呼びます。意思決定に影響しないために、検討の対象にはならない。
記述情報がどこかで見たような文章で埋め尽くされていると、いくらボリュームがあろうが、有価証券報告書の利用者にとって検索の対象にならない。埋没してしまうのです。
あんなにページ数を割いても、利用者の意思決定を左右しない。その記述情報は、テキスト情報としては存在していても、利用者の意思決定にとっては存在していないのと同じ。「報われない書き方をしている」とは、こういうこと。
記述情報の作成が報われるには、ほんの少しだけ違うだけで認知されると説明しましたね。何も、大きく抜きん出なくても良いと。
難しいことは不要。あなたの会社に固有の情報を記載すれば良い。それだけでのことで、違いが生まれ、認知され、有価証券報告書の利用者の意思決定に使われやすくなる。
それでもまだ、埋没しますか。