ISSBおよびSSBJが定めるサステナビリティ開示基準は、「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスク及び機会」の開示を企業に求めています。その根底には、マテリアリティの概念があるのは言うまでもありませんが、実はこの基準、もう一つ重大な視点を企業に求めています。それが、バリューチェーン全体を視野に入れたリスク評価です。
しかし、ここに興味深いパラドックスが潜んでいます。開示基準が定める「リスク・機会の定義」と「識別の手順」との間に、一見すると順序の逆転が見られるのです。基準に忠実に従おうとする企業や監査人にとって、この構造的不整合は混乱を招きかねません。ところが、この逆転構造こそが、開示制度の巧妙な設計思想を物語っているのですよ。
本稿では、この一見矛盾した構造の真意を読み解きながら、開示戦略の本質的価値を再考してみましょう。