自然関連のサステナビリティ開示は、気候変動領域と比べて長く制度的方向性が不透明でした。TNFD、ESRS E4、GRIなど複数のフレームワークが並立するなか、企業は「どこまで整備すれば将来の公式基準に耐えられるのか」という判断を迫られ続けてきたのです。
とりわけ、TNFDが将来ISSBにつながるのか、それとも全く別の枠組みが登場するのかという不確実性は、実務担当者にとって大きな懸念でした。投資の方向性が見えない状態で、どこまでリソースを投入すべきか。この問いに明快な答えを持つ企業は、ほとんど存在しなかったと言っていいでしょう。
この不透明感を大きく転換させたのが、2025年11月7日にISSBが公表した決定です。ISSBは、自然関連領域の基準設定にTNFDフレームワークを活用する方針を正式に明言しました。また、IFRS S1号・S2号では十分に扱われていない自然関連のリスク・機会について、追加的な開示要求の検討を開始すると発表したのです。
- ISSB welcomes TNFD’s support as it advances nature-related disclosures
同じ日にTNFDも、現在の技術作業を2026年第3四半期で完了させた後、ISSBの基準設定サポートに軸足を移すと宣言しています。
- TNFD welcomes ISSB decision on nature-related standard setting drawing on TNFD framework as adoption crosses 730 organisations and USD 22 trillion in AUM
https://tnfd.global/issb-decision-on-nature-related-standard-setting-drawing-on-tnfd-framework
両者の発表を合わせて読むことで、「IFRS S1号 → TNFD → ISSB自然基準」という一本の制度的ラインが、初めて明確に姿を現しました。自然関連の開示をすでに進めている企業、これから本格化させる企業にとって、この「ラインが見えた」こと自体が、極めて大きな戦略的意味を持つのです。
■制度史が証明する、TNFDとISSBの一貫した連続性
TNFDはISSBと無関係に出現したフレームワークではありません。その関係は、TNFDの発足直後から織り込まれていたものです。2021年後半のTNFD設立時から、ISSBはナレッジ・パートナーとして関与しています。また、2023年9月に公表されたTNFD最終提言には、TCFDの四本柱だけでなく、IFRS S1号・S2号の構造が深く反映されているのです。
ISSBのSASBセクター分類、CDSB(気候開示基準委員会)の生物多様性ガイダンス、そしてIFRS S1号の全般的要求事項が、TNFDの提言開発に直接的な影響を与えたことは、両組織が公式に認めています。つまり、TNFDは最初から「IFRS基準との整合」を前提に設計されていました。
2024年には、ISSBがBEES(Biodiversity, Ecosystems and Ecosystem Services:生物多様性、生態系及び生態系サービス)リサーチ・プロジェクトを開始する中で、TNFDを主要検討対象として取り扱うようになります。TNFDは同プロジェクトを支援し、2025年2月にはISSBメンバーに対して自らの作業の包括的なプレゼンテーションを行いました。
また、2025年4月には両者がMoU(覚書)を締結したことで、研究・知見・技術的専門性の共有が正式に制度化されます。さらに、同年11月のISSB会合で、TNFDフレームワーク(提言、指標群、LEAPアプローチなど)を自然関連基準の開発に活用することが正式に決定されたのです。
TNFD自身も、今後はISSB支援に注力する方針を明確にしました。これにより、TCFDとIFRS S2号の関係に極めて近い、制度的な「一本の流れ」が確立したと言えるでしょう。ここまで一貫した制度史を持つフレームワークは、サステナビリティ開示の領域において他に類を見ません。
購読者限定|この先で扱う内容
ISSBとTNFDの制度的な連続性を踏まえ、企業が自然関連開示への投資をどう判断し、具体的な実務対応と経営上の意思決定につなげるべきかを検討します。
・TNFD対応を将来のISSB基準への先行投資と位置付ける判断根拠
・LEAPアプローチを起点とする自然関連開示の実務ロードマップ
・投資家対応、複数制度への対応、社内合意形成への戦略的な活用





