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ロケーション基準が「特例」からこぼれ落ちるとき――温対法とSSBJが突きつける同時準拠の限界

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「ところで、監査法人さんから急ぎの相談があると伺ったんですが」

監査人は一瞬、視線を落とした。

「……はい。実は、スコープ2のGHG排出量について、ロケーション基準の開示ですが」

「温対法ベースの件ですよね」彼は手元の資料をめくった。「我々としては、SSBJの気候関連開示基準第49項ただし書き、『法域の当局が異なる方法を用いることを要求している場合』の特例措置で問題ないと理解しているんですが」

「承知しております」監査人は慎重に言葉を選んだ。「ただ、その特例措置の適用範囲について、グローバルファームから見解が示されまして」

「見解?」

「温対法が要求しているのは、マーケット基準に相当する間接排出量です。ロケーション基準相当の数値は算定可能ですが——」監査人は一拍置いた。「報告義務には含まれていません」

彼の手が止まった。

「……つまり?」

「ロケーション基準は、第49項ただし書きの『法域の当局が要求する方法』には該当しないと判断されます」

「ちょっと待ってください」彼は身を乗り出した。「そうなるとロケーション基準だけGHGプロトコルで再算定しろ、という話になるじゃないですか。現場では温対法で統一的に計算しているのに、開示だけ別基準で——」

「結果として、マーケット基準とロケーション基準で測定方法が異なる事態が生じます」

「それでは実際のところ」彼は苦笑した。「実務負担も比較可能性も、両方損なわれてしまうんじゃないでしょうか。誰のための開示なのか……」

監査人は表情を変えなかった。

「基準上の要求事項ですので」

このやり取りは、決して誇張ではありません。2025年12月11日に開催されたSSBJ会合では、まさにこの構図が、実務上の現実的なリスクとして共有されました。

 

ISSB基準は、スコープ2のGHG排出についてロケーション基準による測定値の開示を必須とします。加えて、利用者の理解に資する場合には、契約証書に関する情報の開示も求めます。これは、マーケット基準による測定が困難な法域が存在することを前提に、必要な補完情報を確保するための設計です。

SSBJ基準は、ISSB基準との同時準拠を可能とすることを基本思想としています。そのため、ロケーション基準の必須開示、契約証書情報の取扱いについては同様の構造を採用しました。さらに日本固有の取扱いとして、契約証書に代えてマーケット基準の測定値を開示することも認めています。

ここで登場するのが、ISSB基準・SSBJ基準の双方が設ける「法域による特例措置」です。法域当局がGHG排出量の測定に、GHGプロトコルとは異なる方法を用いることを「要求」している場合には、その方法の使用を認めるという例外措置です。

SSBJ気候基準では、温対法に基づくGHG排出量の算定・報告制度がこの特例措置に該当するものとして示しています。したがって当初、温対法に従って算定したスコープ2排出量であっても、特例措置の枠内でISSB基準との整合が図れるという理解が、実務上広く共有されていました。

しかし、問題は「温対法がどこまで要求しているのか」という一点に収斂します。ここに、同時準拠の前提を揺るがす亀裂があるのです。

 

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