Accounting

その一文が見つかるまで ―監査基準報告書560「後発事象」の改正案

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昨日、2026年7月17日金曜日の夕方、監査基準報告書560「後発事象」の改正案が公表された。後発事象は、私が長く関わってきたテーマである。新しい公開草案が出た以上、ひとまず目を通しておこうと思った。

翌日の土曜日。午前9時ごろ、パソコンを開いた。内容を確認するだけなら、数分もあれば終わる。少しだけ作業しよう。そう思っていた。

最初に目に留まったのは、監査上の概念を、後発事象に関する会計基準で使われている概念に合わせるという部分だった。そこで手が止まった。

「監査の指針なのに、なぜ、会計基準の概念へわざわざ置き換えるのだろう」

少し前に、ASBJは、JICPAの後発事象に関する指針から会計に関する部分を切り出し、新たな会計基準を策定した。その際、監査の立場から書かれていた表現を、財務諸表を作成する側の表現へ置き換えている。これは分かる。会計基準を作るのだから、会計の視点から書き直すのは自然だ。

ところが今回は、その逆である。JICPAが、監査の指針に残っている言葉まで、会計基準の表現へ合わせようとしている。

それでは、ASBJが行ったことと向きが逆ではないか。会計に関する部分を監査の指針から切り出した後で、監査側に残った言葉まで会計側へ寄せてしまったら、監査の視点はどこに残るのだろう。

ただ、この段階では、まだ「何となく腑に落ちない」にすぎなかった。公開草案を作った側には当然理由がある。単に私が趣旨を読み取れていないだけかもしれない。

そこで、公開草案を読み直した。監査基準報告書560を開く。監査基準報告書700も開く。後発事象に関する会計基準へ戻る。そして、また公開草案を読む。数分で終わるはずだった確認は、もう数分では終わらなくなっていた。

似たような表現が、いくつも出てくる。財務諸表に対する責任を認めた日、財務諸表の公表を承認した日、監査報告書日。日付だけを見れば近い。実務上、同じ日になることも多い。しかし、同じ日になることと、同じ概念であることは別である。

そのうち、日付ではなく、概念同士の関係を追い始めていた。まったく違う言葉なら迷わない。厄介なのは、少しだけ似ている言葉である。似ているために、同じものとして扱いたくなる。しかし、本来の役割は違う。

経営者が財務諸表に対する責任を認めたことを、監査人が確認する。
財務諸表を公表する権限のある機関又は個人が、その公表を承認する。

文章にすると近く見える。しかし、一方は監査報告書日を定めるための監査上の確認であり、もう一方は、会計基準が定める公表承認日の概念である。では、自分は何に引っ掛かっているのか。

もう一度、公開草案へ戻った。監査基準報告書560へ戻った。会計基準へ戻った。どの文言が、どの文言に置き換えられたのか。その置換によって何が整理され、何が見えなくなったのか。それだけを追い続けた。

そして、ようやく一文にまとまった。

「監査の指針に会計上の概念を持ち込んだため、監査上の概念までが消えてしまったことではないか」

その一文に辿り着いた瞬間、朝から別々に見えていたものが一本につながった。

ASBJが会計に関する部分を切り出したこと。
JICPAが監査側に残った概念まで会計基準へ合わせようとしていること。
そして、「責任を認めた日」と「公表を承認した日」が、近い概念として扱われていること。

問題は、日付が一致するかどうかではなかった。監査のために必要だった概念が、会計上の概念へ置き換えられた結果、定義から見えなくなっている。最初から引っ掛かっていたのは、そのことだった。

ここまで調べたのなら、コメントにして出してみよう。そう思った。朝、パソコンを開いた時点では、コメントを書くつもりなどなかった。しかし、違和感は、もう一文になっている。あとは、それが伝わる順番に並べ直せばよい。もう少しだけ作業しよう。そう思って、コメント文を書き始めた。

監査上の概念が会計基準の概念へ置き換えられていること。
その結果、監査基準報告書700との整合が分かりにくくなっていること。
監査上の概念を維持したまま、日本基準上の日付との関係を整理すべきこと。

書くべきことは、それだけだった。コメントの冒頭形式を確認し、PDFにした。メールの本文に貼り付けるか、添付ファイルにするかも考えた。JICPAが公表しているコメントの形式を確認し、件名と短い本文を整えた。

午後2時37分、送信ボタンを押した。午前9時には、数分で終わると思っていた。結局、五時間半ほどかかった。

こういうことは、以前からある。若い頃の監査現場でも、「あれ」と思ったことを掘り下げていくうちに、最初に考えていた結論とは違うものが見えてくることがあった。

具体的な案件は、もう覚えていない。ただ、違和感をそのままにせず追い続けると、それまで見えていなかった前提や、別の考え方が現れることがある。その感覚だけは、当時から残っている。

だから今でも、企業の担当者が、「理屈は分かるのですが、何か違う気がします」と言うと、その「何か」を軽く扱わない。何に引っ掛かっているのか。どの前提が違うのか。一つずつ確認していく。すると、会計基準が想定している状況と、実際の取引の状況が少し違っていた、ということがある。

「それなら、別の会計処理もあり得ますね」

そうなったことは、一度や二度ではない。

もちろん、違和感がいつも正しいわけではない。調べてみれば、こちらの勘違いだったこともある。それでも放っておけないのは、経験上、その中に何かが隠れていることが少なくなかったからだ。今回も、その「何か」を放っておけなかっただけなのだと思う。

送信したとき、特別な達成感はなかった。ただ、「良い方向に進めばいいな」と思った。これで終わるはずだった。

ところが、今度は、この一連の出来事を書き残しておきたくなった。最初の違和感が、どのように一つの文章になったのか。その過程は、時間が経てば忘れてしまう。

ここまで来たなら、もう少しだけ。そう思って、またパソコンに向かった。少しだけ書くつもりだった。

気が付けば、夕方まで、この文章と格闘している。

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