企業の会計不正を「うっかりミス」や「個人の資質の問題」として片付けてしまう時代は、もう終わりを告げたと言えるでしょう。現実は、もっと根深いところにあるのです。組織という巨大なシステムそのものが、時として不正という「毒の果実」を生み出してしまう。この厳然たる事実と向き合う時が来ています。
2025年6月20日、一般社団法人企業研究会で開催した「会計不正リスクを構造で捉える内部監査実践講座〈2025年6月版〉」は、まさにこの認識を起点として設計されたプログラムでした。従来の「事例を羅列して教訓を語る」という表層的なアプローチを一掃し、かつ不正の温床となる組織構造そのものに斬り込む新たな内部監査戦略を提示したのです。
■現場が求める「武器」—従来手法では太刀打ちできない現実
本年2月の初回開催からわずか4ヶ月での再開催。この異例のスピード感は、企業現場における不正リスクへの危機感がいかに切迫しているかを物語っています。内部監査部門の担当者たちは、もはや従来型の監査手続では対応しきれない複雑で巧妙な不正事案に直面し、新たな「武器」を切実に求めているのですよ。
本講座の真価は、業務プロセスをモデル化した独自フレームワークと、直近の生々しい不正事例とを巧妙に橋渡しすることで、内部監査人が現場で即座に活用できる具体的なチェック観点と行動指針を提供する点にあります。これにより、理論と実践の間に横たわる深い溝を埋めるのです。
■戦略的進化を遂げた3つの刷新
今回の講座は、前回参加者にも新鮮な驚きと学びを提供すべく、3つの軸で内容を根本から刷新しました。この徹底ぶりは、まさに「継続的改善」の模範例と言えますね。
第一の柱:リスクとコントロールの関係性を根本から再構築
会計不正リスクや、それを防止・発見するための統制活動について、従来以上に有機的なつながりとして再設計しました。その結果、「リスク・パターン」や「コントロール・セット」といった実務的ツール群との関連性が格段に理解しやすくなっています。内部監査人の頭の中で「点」だった知識が「線」として繋がるでしょう。
第二の柱:事例の戦略的アップデート
わずか4ヶ月という短期間にも関わらず、取り上げた4件の事例のうち実に3件を最新のものに差し替えました。業種も規模も異なる多様な事例を通じて、「業務プロセスの単純化モデル」が特定の条件や環境に依存しない普遍的な実務性を持つことを見事に実証しているのです。
第三の柱:優先チェックポイントの戦略的再設計
各不正事例に対応するチェックポイントを明示するだけでなく、内部監査における具体的な対応策の提案に直結する観点を3つ新たに追加しました。これにより、単なる学習教材の枠を超えて、実際の監査方針策定や調書作成を強力に支援する実践的フレームワークへと見事に昇華させました。
■流用型不正の台頭
近年の会計不正は、明確な潮流の変化を示しています。かつては「利益操作型」、すなわち架空売上の計上や循環取引による業績粉飾が主流でした。ここ数年は、「流用型」、特にキックバックスキームを巧妙に組み込んだ支出操作型へと、その主戦場が移行しています。
2025年上期に公表された複数の不正事例を詳細に検証してみると、現場起点の資金流用が主因となっているケースが顕著に増加していることが判明します。これは決して偶然ではありません。組織の複雑化、権限の分散化、そして何より現場と本社間の「見えない距離」が拡大している現代企業の構造的変化を反映した必然的な結果なのです。
この傾向に共通して観察されるのは、統制の実質的な空洞化や、現場と本社間の深刻な情報非対称性といった「構造的な脆弱性」です。もはや個別の不正を「たまたま起きた異常事態」として処理するのではなく、組織構造自体が不正の温床を醸成している可能性に真正面から向き合うべき時代に突入していると言えるでしょう。
■構造への洞察力が拓く内部監査の新時代
本講座で提供されたチャートやチェックリストは、単なる教材の範疇を大きく超越しています。これらは、リスクを「構造」として捉える革新的な視座を内部監査人に与えるとともに、実務現場で即座に活用可能な「気づき」を創出するための強力な実践ツールとして機能するのです。
不正の芽は、常に組織構造の微細な隙間に静かに潜んでいます。その芽を的確に発見し、芽吹く前に摘み取る。この重要な使命を果たすのは、内部監査人が身につけた「構造への洞察力」に他なりません。表面に現れた数値の異常を追い回すのではなく、その背後に横たわる構造的な歪みを鋭く読み解く力こそが、次世代の内部監査に求められる最も核心的な能力なのですよ。
組織がますます複雑化し、不正の手口が日々巧妙さを増している現代において、この構造的アプローチは、企業の健全性と持続可能性を守る最後の砦となることでしょう。そして、この砦を堅固なものにするかどうかは、まさに私たち内部監査人一人ひとりの「構造を見抜く眼力」にかかっているのです。