2026年8月27日、「投資家が判断できるサステナビリティ開示のつくり方」というセミナーを開催した。
終了後、受講者の方と話をしていて、少し意外なことを聞いた。企業でサステナビリティ開示を担当している方だったが、その会社では、SSBJ基準に基づく開示を想定していないという。
それでも参加したのは、社内で開示を考えるときの参考になりそうだったからだという。そして、こんな趣旨のことを話してくれた。正確な発言を再現したものではない。
「こういうことを開示したいと社内で言っても、反対されることがある。でも、『こういう理由だから、この情報を開示する必要がある』と言えれば、状況が変わるかもしれない。このセミナーでは、そのヒントがもらえた」
この言葉が、帰ってからも残った。SSBJ基準に基づく開示を予定していない会社の担当者が、なぜこのセミナーから何かを持ち帰れたのだろう。
考えてみると、今回扱いたかったのは、SSBJ基準より前にある問題だったのかもしれない。
開示には、必ず相手がいる
開示はコミュニケーションである。当たり前の話だが、実務では、この当たり前が案外抜け落ちる。
サステナビリティ開示について考え始めると、どうしても「何を開示するか」に目が向く。温室効果ガス排出量、削減目標、移行計画、内部炭素価格、報酬制度。基準を開けば、要求事項も並んでいる。すると、いつの間にか「何を書けばよいか」を探す仕事になる。
しかし、その前に決めなければならないことがある。誰に、何を、どの媒体で伝えるのか。
今回扱った媒体は有価証券報告書だった。想定する読み手は、投資家をはじめとする財務報告書の主要な利用者。そして伝えるのは、単なるサステナビリティ情報ではなく、「サステナビリティ関連財務情報」である。私は、この「財務」という二文字をかなり意識した。
環境パフォーマンス指標をいくら並べても、それだけでは投資家が企業の見通しを判断できるとは限らない。排出量が何%減った。再生可能エネルギー比率が何%になった。目標年度は何年だ。そこまで読んでも、投資家にはまだ一つ質問が残る。
「それで、この会社にはどう影響するのか」
戦略や経営判断にどうつながるのか。財政状態、財務業績、キャッシュ・フローにはどう影響するのか。そこまでつながって、初めて「財務情報」になる。
だから今回のセミナーでは、「企業が何を説明したいか」ではなく、「投資家は何を判断したいのか」から考えてもらった。
RELXの開示が面白かった理由
セミナーでは、マテリアリティ評価、移行計画、内部炭素価格、気候報酬という四つのテーマを扱い、欧州企業の実際の開示を材料にした。その一つがRELXだった。
RELXは気候開示に積極的な企業だが、同時に、気候変動が自社のビジネスに大きな影響を与えるとはみていないことも明記している。ここが面白い。
気候変動の影響が非常に大きい会社なら、詳しい気候開示をする理由は分かりやすい。では、影響がそれほど大きくない会社なら、「重要な影響はありません」で終わってよいのだろうか。RELXの開示を読んでいると、そうではない。
影響が大きくないという判断も含めて、それが企業の見通しや財務にどのような意味を持つのかを説明しようとしている。私は、ここに一つのヒントがあると思った。
サステナビリティ関連財務情報というのは、「大きな財務影響があります」と書くことではない。影響が限定的なのであれば、なぜそう判断したのかを投資家が理解できることにも意味がある。
投資家が自分で判断できる材料を渡す。そこが出発点なのだと思う。
欧州企業の「文章」を真似しない
海外の開示事例を見ると、どうしても文章そのものに目が向く。
「この表現は使えそうだ」
「この図は分かりやすい」
「この構成は参考になる」
もちろん、それも役に立つ。ただ、今回持ち帰ってほしかったのは、そこではなかった。
各テーマの最初に、まず開示を診断してもらった。四つの観点から、「何が足りないか」ではなく、「このままだと投資家は何を判断できないか」を考える。そのうえで欧州企業の開示を見る。
すると、見方が少し変わる。単に「詳しく書いてある」と読むのではなく、「自分たちがさっき判断できなかったことを、この会社はどの情報で判断できるようにしているのか」と読めるようになる。実際、演習を進めていると、受講者もかなりポイントを絞って欧州企業の事例を見ていたように感じた。
開示事例をたくさん集めることと、開示事例を使えることは、同じではない。先に「何を判断したいのか」が決まると、同じ事例でも見えるものが変わる。だから、欧州企業から持ち帰るのは文章ではない。その文章によって可能になっている「投資家の判断」である。
基準から考えない、という意味ではない
もちろん、有価証券報告書なのだから、SSBJ基準の要求事項を満たす必要がある。基準を読まなくてよいという話ではない。変えたかったのは、基準の位置ではなく、考える順序だった。
「この要求事項があるから、何を書けばよいか」と考える前に、
「投資家は何を判断したいのか」
「そのためには何が分からなければならないのか」
「だから、自社は何を説明する必要があるのか」
と考える。そうして進んでいくと、その先でSSBJ基準の開示要求につながっていることがある。基準から投資家へ向かうのではなく、投資家から考えた先に基準がある。今回試したのは、その順番だった。
「なぜ必要なのか」と聞かれたとき
そして、冒頭の受講者の話に戻る。
社内で新しい情報の開示を提案すれば、当然、「なぜ必要なのか」と聞かれる。そのとき、「海外企業が開示しているから」「最近、この開示が増えているから」では、なかなか議論は前に進まない。
しかし、「投資家がこの点を判断するためには、この情報が必要だから」と説明できれば、話は少し変わる。
もちろん、それだけで開示すべきだと決まるわけではない。誰に伝えるのか。何を伝えるのか。そして、その情報をどの媒体で伝えるのか。そこは改めて考えなければならない。
むしろ、「なぜ必要なのか」を問い続ければ、「これは有価証券報告書には要らない」という結論になることもあるだろう。開示を増やすための問いではない。開示を選ぶための問いである。
セミナーが終わった直後、SSBJ基準に基づく開示を予定していない会社の担当者から、「これなら社内で、なぜ必要なのかを説明できるかもしれない」という趣旨の話を聞いた。
そのときは、想定とは少し違う使われ方だと思った。今は、むしろそこに今回のセミナーの意味が表れていたのかもしれないと思っている。
SSBJ基準を適用する会社だけが、「なぜ、この情報を開示するのか」と問われるわけではない。開示がコミュニケーションである以上、その問いはいつも残る。
何を書くかを決める前に、誰の、どんな判断を可能にしたいのかを考える。サステナビリティ開示は、そこから始めたい。







