重要な情報を漏らさなければ、それでよいのでしょうか。
2026年7月29日、英国Financial Reporting Council(FRC)は、サステナビリティ関連開示を含む企業報告における重要性(materiality)の適用について、実務的な考え方をまとめた資料を公表しました。
- Applying materiality in corporate reporting(仮邦題:企業報告における重要性の適用)
この資料を読んでいて改めて考えたのが、これから本格化するSSBJ基準に基づくサステナビリティ関連財務情報の開示です。
SSBJ基準にも、重要性に基づいて開示すべき情報を判断する仕組みがあります。では、その重要性は、実際の有価証券報告書の作成でも十分に機能するのでしょうか。
本稿では、FRCが示した考え方を手掛かりに、ISSBからSSBJへ引き継がれた重要性の仕組みを確認しながら、日本の有価証券報告書で重要性判断を実際に機能させるには何が必要なのかを考えます。
FRCが問題にしたのは「開示不足」だけではない
FRCが2026年7月に公表した「Applying materiality in corporate reporting」は、重要性について新しい定義を示したものではありません。焦点を当てているのは、すでに企業報告の基本概念となっている重要性を、年次報告書の作成にどう使うかです。
背景には、年次報告書が長く、複雑になってきたという問題意識があります。投資家から求められる情報が増え、また法令や基準による開示要求も拡大するなかで、多くの情報が、あたかもすべて重要であるかのように扱われるようになっているとFRCは指摘します。
重要性判断の出発点になるのは、主要な利用者の意思決定です。情報を省略したり、誤表示したり、不明瞭にしたりすることが主要な利用者の意思決定に影響すると合理的に見込み得るなら、その情報には重要性があります。個々の利用者が関心を持つ情報をすべて盛り込むのではなく、主要な利用者に共通する情報ニーズから考えるということです。
FRCは、その判断をチェックリストから始めることにも慎重です。報告基準やガイダンスを参照しつつ、取締役会や経営者は、重要な出来事や取引、業績や将来見通し、経営上の重要事項、経営管理資料やリスク情報、投資家との対話、外部環境の変化など、企業固有の状況を手掛かりに、主要な利用者の意思決定に影響し得る情報を識別していきます。同業他社が開示している、あるいは誰かから情報を求められたという事実だけで、重要性が決まるわけではありません。
ここまでであれば、重要性は「必要な情報を漏らさないための判断」と理解することもできます。しかし、FRCが重視しているのは、それだけではありません。重要でない情報が残ることで、重要な情報が見えにくくなることにも注意を促しています。
したがって、重要性は、何を開示するかだけでなく、何を取り除くかを決めるためにも使われます。重要でない情報を取り除くことによって、主要な利用者が本当に注意を向けるべき情報を、より明確に伝えることができます。
この意味で、重要性は、個々の開示項目について「載せる/載せない」を判定するだけのフィルターではありません。年次報告書全体の焦点をどこに置くのかを決める、いわば編集原理でもあります。
もちろん、FRCが英国で示した問題意識が、そのまま日本にも当てはまるとみる必要はありません。ここでは、この「重要性をどう使うか」という視点を、日本のサステナビリティ開示を考える手掛かりとします。
では、日本では、重要性はどのような仕組みとして組み込まれているのでしょうか。
「最低限開示」でも、重要でなければ書かなくてよい
SSBJ基準には、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標及び目標について、多くの具体的な開示要求が置かれています。しかし、基準に要求事項があることと、その情報をすべての企業が開示しなければならないこととは同じではありません。
サステナビリティ開示ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」(以下、「SSBJ適用基準」という。)第22項は、情報に重要性がなければ、サステナビリティ開示基準で要求されている情報であっても開示する必要はないとしています。具体的な開示項目が列挙されている場合や、最低限開示すべき事項が定められている場合も同じです。
「最低限」とあれば、一律に開示しなければならないようにも見えます。しかし、基準設定主体が一般的に有用となり得る情報を要求事項として定めることと、その情報が個々の企業について重要であることとは別の判断です。
この考え方は、SSBJ独自のものではありません。SSBJ基準が整合性を図っているISSB基準にも、同じ構造があります。IFRS S1のB25項も、ISSB基準で要求されている情報であっても重要性がなければ開示する必要はなく、また、具体的な要求事項や最低限の要求事項についても同様であるとしています。
一方、重要性は情報を減らす方向だけに働くものでもありません。具体的な要求事項だけでは、主要な利用者がサステナビリティ関連のリスク及び機会が企業の見通しに与える影響を理解するうえで不十分であれば、追加的な情報が必要になります。SSBJ適用基準第21項にも、この考え方が置かれています。
この二つを合わせると、ISSBからSSBJへ引き継がれた重要性の構造は明確です。要求されていても、重要でなければ書かない。要求されていなくても、重要なら書く。
では、この仕組みを実務に落とし込むとき、具体的な開示要求をどのように扱えばよいのでしょうか。







