2026年10月13日、欧州証券市場監督局(ESMA)は「2026年欧州共通執行重点事項(European Common Enforcement Priorities:ECEP)」を公表しました。これは、欧州の上場企業等の年次報告について、各国の監督当局が重点的に確認する事項を示したものです。その中に、日本の開示担当者にとっても注目したい一節があります。
- ESMA sets out 2026 European Common Enforcement Priorities(仮邦題「ESMA、2026年の欧州共通執行優先事項を公表」)
ESMAは、2030年が近づくにつれ、企業が以前に設定した2030年目標を達成できないことが、今後の報告期間において次第に明らかになる可能性を指摘しました。そして、そのような場合には、目標に関する開示要求に沿って、達成できないと見込んでいる事実を速やかに開示することが重要だと注意を促しているのです。
日本ではこれから、SSBJ基準に基づくサステナビリティ関連財務開示が本格的に始まります。開示責任者や担当者の関心が、基準の求める情報をいかに収集し、何をどこまで開示するかに向かうのは自然なことでしょう。一方、欧州では、すでに公表した目標を達成できないと考えるようになった場合に、どう説明するかという課題が意識されています。
これは制度の先行・後発という単純な話ではありません。日本企業も、2030年の温室効果ガス排出削減目標などをすでに公表しています。SSBJ基準に基づく開示が始まれば、その目標に対する進捗を毎期説明することになります。2030年までの残り時間は年々短くなり、当初想定した施策では目標に届かないことが明らかになる場合も考えられます。
そのとき、何を、いつ、どのように説明するのか。ESMAの注意喚起は、日本企業がSSBJ初年度の開示を設計する段階から考えておきたい問題を提起しています。
目標の未達が確定する前から問われる説明
ESMAの注意喚起は、同じ文書の「目標の明確性の確保(Ensuring clarity on targets)」と併せて読むと、その意味がより明確になります。そこでは、目標の設定から進捗、未達見込み、目標の変更に至るまで、一連の考え方が示されています。
まず、目標そのものの明確さが重視されています。ESMAは、目標について、測定可能であること、達成期限が設定されていること、達成すべき成果が明確であることを挙げています。さらに、目標の定義や算定方法についても、その目標に即して明確に説明するよう促しています。
また、目標への進捗、とりわけ過年度と比べて実績が大きく変化した場合の説明を重視しています。すでに目標を達成した場合には、その事実に加え、新たな目標を設定したかどうかも利用者にとって有用な情報になるとしています。
特に注目したいのは、目標を達成できない場合の扱いです。ESMAは、目標年度を迎えて達成できなかった場合や目標を放棄した場合に加え、目標年度までに達成できないと企業が考えている場合にも、その事実を「開示すべき(should disclose)」だとしているのです。
2030年までに温室効果ガス排出量を50%削減する目標を例に考えてみましょう。2030年を迎えて実際の削減率が30%にとどまれば、目標未達は明らかです。しかし、2028年の段階で、予定していた施策をすべて実施しても2030年の削減率は30%程度にとどまると見込まれていたらどうでしょうか。さらに、追加策を講じても目標を達成できないと企業自身が判断していた場合です。
2030年が近づくにつれ、こうした判断を迫られる企業が現れる可能性があります。ESMAは、将来の報告期間に向けて、未達見込みを速やかに開示することの重要性を注意喚起しています。
また、目標を変更する場合にも説明が重要になります。ESMAは、基準年や基準値、目標年度や目標値を変更した場合、その変更を明示するとともに、変更の理由を説明することが重要だと指摘しています。進捗の測定に用いる指標の算定方法を変更した場合には、その変更が公表済みの進捗に及ぼす影響についても、透明性を確保するよう促しています。
例えば、2030年目標を2035年に変更した場合、新しい目標だけを示しても、利用者はそれまでの進捗を適切に評価できません。
このように、ESMAが重視しているのは、目標を設定した時点の開示だけではありません。目標への進捗だけでなく、達成見込みや目標そのものが変化した場合にも、その状況を継続的に説明することが重要になるのです。
ESMAの指摘は、SSBJ基準でも成り立つのか
ESMAは、未達見込みの開示について、ESRS Set 1のESRS 2第80項(j)と、簡素化されたESRS Set 2のESRS 2第49項(d)を引用しています。いずれも、目標への進捗やパフォーマンスに関する開示要求です。
Set 1のESRS 2第80項は、企業が設定した目標について開示しなければならない(shall disclose)と規定しています。そのうち第80項(j)では、開示した目標に対するパフォーマンスについて、進捗が当初の計画に沿っているかどうか、パフォーマンスの傾向や重要な変化の分析などを含めることが要求されています。また、Set 2のESRS 2第49項(d)では、前報告期間と比較したパフォーマンスの重要な変化について、企業が設定した目標の達成に向けた進捗を含めて開示することが要求されています。
重要なのは、これらの規定自体には、「目標年度までに達成できないと考える場合、その旨を開示する」という直接的な文言がないことです。しかしながら、ESMAは、こうした進捗やパフォーマンスに関する規定を引用したうえで、未達が見込まれる場合には、その事実を開示すべき(should disclose)だとしています。
では、日本企業が適用するSSBJ基準はどうでしょうか。
SSBJの気候関連開示基準(以下「気候基準」)第92項は、目標の内容や目的、対象期間、マイルストーンや中間目標などについて開示を求めています。また、第93項と第94項では、目標を設定・レビューするアプローチや進捗をモニタリングする方法、目標変更に関する情報などが開示事項とされています。さらに、第95項では、各目標に対する企業のパフォーマンスと、そのトレンド又は変化についての時系列分析を求めています。
このように、SSBJ基準にも、目標を設定したという事実だけでなく、その進捗やパフォーマンスについて開示する要求があります。ただし、ESRSの上記規定と同様、「目標年度までに達成できないと考える場合には、その旨を開示する」という直接的な文言が、独立した開示事項として設けられているわけではありません。
もっとも、ESRSとSSBJとでは開示対象や重要性の考え方が異なるため、ESMAの見解をそのまま日本企業に適用することはできません。しかし、両基準には目標への進捗やパフォーマンスに関する共通する要求があります。では、SSBJ基準の下で、日本企業は何を拠り所に、どこまで説明すべきかを判断すればよいのでしょうか。
購読者限定|この先で扱う内容
SSBJ基準に明文のない未達見込みの開示について、判断方法と実務への適用を検討します。
・開示判断の拠り所
・目標達成の見通しが変わる場合の設例
・SSBJ初年度から備える判断・情報共有の仕組み





