自然関連開示で、企業は何を説明しなければならないのでしょうか。
この問いに、新たな開示項目を数えることで答えようとしても、必要な対応は見えてきません。2026年10月22日にISSBが公表したIFRSサステナビリティ開示実務記述書第1号「自然関連開示」の公開草案(以下「自然ED」)は、開示要求の全体を一つの文書に書き直したものではないからです。
- ISSB consults on its proposals for nature-related disclosures(仮邦題「ISSB、自然関連開示に関する提案について意見募集を開始」)
自然EDは、IFRS S1及びIFRS S2を基盤としたうえで、自然関連に固有の具体化と追加を中心に記載されています。この構造を、本稿では「差分で書かれた要求事項」と捉えます。
しかし、企業が説明すべきなのは、その差分ではなく、自社の自然関連のリスク・機会の全体です。ここでいう全体とは、自然への依存や影響をすべて列挙することではありません。企業の見通しに影響すると合理的に見込み得る自然関連のリスク・機会について、重要性がある情報を、必要な関連性も含めて説明することを指します。
自然への依存や影響は、どこで事業上の制約や機会に転じるのか。その認識を踏まえ、経営者は何を変え、どこに資源を配分しようとしているのか。そして指標や目標は、その対応を読み取れるものになっているのか。問われているのは、こうした一連の関係です。
要求された欄を埋めることと、企業の見通しを説明することは、同じではありません。 自然関連のリスク・機会に関する情報を、投資家が経営判断を問い、経営者がその根拠を説明できるものにするために、本稿ではIFRS S1、IFRS S2及び自然EDを一つの要求体系として読み直します。なお、以下で扱う自然EDの要求は、いずれも公開草案段階の提案内容です。
「書かれていない」ことは、「求められていない」ことではない
IFRS S2は、IFRS S1の要求事項の多くを再掲したうえで、気候固有の要求事項を加えています。これに対して、自然EDは同様の方式を採りませんでした。結論の根拠BC25項は、IFRS S1の要求事項を重複して規定せず、IFRS S1と併せて適用する設計を選んだと説明しています。
要求事項を再掲しないことは、その要求事項を免除することではありません。例えば、自然EDには現在の及び予想される財務的影響に関する独立した追加規定はありません。しかし、その情報を検討しなくてよいわけではなく、IFRS S1の要求事項は引き続き適用されます。「IFRSサステナビリティ開示実務記述書第1号に関する付属ガイダンス」の設例も、例示した情報とは別に、財務的影響などの開示が必要になり得ることを明記しています。
一方で、自然EDをIFRS S1の説明資料としてだけ読むことも適切ではありません。B6項は、IFRS S1の特定の要求事項を自然関連の文脈でどのように適用するかを具体化するとともに、追加的な要求事項を設けることを説明しています。BC220項も、実務記述書を適用するか否かによって開示内容が異なり得ることを示しています。
主な要求事項の位置付けを、例を挙げて整理すると、次のようになります。まず、IFRS S1から引き続き適用される要求です。財務的影響、企業が使用する指標、産業別指標、目標に対する実績などが挙げられます。次に、自然EDが具体化する要求です。場所の特性、先住民族・地域社会等との相互作用、気候との関連性などがあります。そして、自然EDが新たに加える要求には、脆弱性・機会との整合性に関する指標や、レジリエンス評価における自然関連シナリオ分析の使用が含まれます。
このように、「差分」という言葉は、自然EDのすべてが新規要求であることを意味しません。既存要求との関係を読み解かなければ、何が残り、何が具体化され、何が加わるのかを見分けられない、ということなのです。
実務記述書という形式と、準拠の条件
この内容上の関係とは別に、実務記述書という公表形式の意味も押さえておく必要があります。ISSBがこの形式を選んだ主な理由は、IFRS S1及びIFRS S2の導入・適用を妨げずに、自然関連開示を具体化することにあります。企業や法域の状況に応じて適用を進められることが、この方式の利点です。
公表形式自体も、今回の意見募集の対象です。実務記述書として最終化するほか、基準など別の形式で公表する選択肢についても意見を求めています。また、BC41項は、実務記述書として公表した後も、適用経験を踏まえ、独立した基準やIFRS S1の付録などに移行する可能性を示しています。今回の最終化にあたっての選択と、その後の将来の選択は、分けて捉える必要があります。
実務記述書への準拠の要否についても、区別が必要です。IFRS S1に基づく、自然関連のリスク・機会に関する重要性がある情報の開示は、実務記述書を適用しなくても必要になります。その前提のうえで、実務記述書への準拠は、ISSB基準への準拠を表明するための必須条件ではありません。ただし、実務記述書への準拠を表明する場合には、IFRS S1及びIFRS S2を含むISSB基準と、実務記述書の双方の要求事項を満たす必要があります。
その要求体系には、免除も含まれます。法令による開示禁止や、所定の条件を満たす商業上機微な自然関連機会の情報については、必要な説明・開示を伴う免除が認められ、その利用は準拠表明を妨げません。ただし、商業上の機微性を、自然関連リスクの非開示や広範な非開示の根拠にはできません(第36項から第38項)。また、IFRS S1適用初年度に気候関連情報のみを開示する経過措置を選択した年度には、実務記述書を適用できないとされています(BC233項)。
したがって、まず、自社の開示に適用される基準を確認する必要があります。その次に、実務記述書については、それに準拠した開示を作成する場合と、開示情報を検討するための情報源として利用する場合とを区別します。この区別を踏まえて、開示の作成に当たって従うべき要求事項を特定します。文書の名称や追加項目の数から、必要な開示を判断する順序ではありません。
購読者限定|この先で扱う内容
自然EDの追加要求を既存基準と照らし合わせながら、企業の見通しを説明するために必要な情報を、どのように判断し、検証すべきかを検討します。
・追加指標・目標とIFRS S1・S2の既存要求との関係
・設例を通じた開示の十分性とリスク・機会の識別の検証
・SSBJ基準に基づく開示への自然関連文書の活用と判断事項






