「気候関連指標を役員報酬に反映しています」
これから、こうした一文を掲げる開示が増えていくでしょう。ISSB基準やSSBJ基準を見据えれば、気候関連の評価項目を報酬制度に組み込んでいるかどうかは、企業の気候関連ガバナンスを読むうえで欠かせない情報になるからです。
しかし、この一文だけでは、読み手はほとんど何も判断できません。
問われるべきは、気候関連指標が報酬制度に「入っているか」ではありません。どの報酬制度に入っているのか。どの指標を使っているのか。その指標は何パーセントのウェイトを持つのか。実績はどう評価されたのか。そして最終的に、役員報酬をどれだけ動かしたのか。ここまで見えてはじめて、気候関連指標が経営者の行動にどれほどの経済的インセンティブを与えているのかが分かります。
IFRS S2第29項(g)が求めているのは、単なる姿勢表明ではありません。同項は、気候関連の考慮事項が経営幹部報酬に織り込まれているかを問います。織り込まれている場合には、その方法の開示を求めています。開示対象はそれにとどまらず、当期に認識された経営幹部報酬のうち、気候関連の考慮事項に連動している割合の開示も求めています。
日本のSSBJ気候関連開示基準も、同じ方向を向いています。気候関連の評価項目が役員報酬に組み込まれている場合、その組み込み方と、当報告期間に認識された役員報酬のうち気候関連評価項目と結び付いている部分の割合を開示することが求められています。
つまり気候関連の報酬開示とは、制度の有無を説明するものではなく、経営者の報酬が気候関連の成果にどれだけ連動しているのかを説明するものなのです。
読み手が確かめるべき、四つの問い
気候関連の報酬開示を読むとき、見るべきポイントは大きく四つあります。
第一に、報酬制度のどこに入っているかです。年次賞与なのか、短期インセンティブなのか、長期インセンティブなのか、株式報酬なのか。気候変動は中長期の課題であるだけに、単年度の賞与に置かれているのか、長期インセンティブに組み込まれているのかは決定的な違いを生みます。
第二に、ウェイトです。ただし、ここでいうウェイトには複数の層があることに注意する必要があります。報酬制度内の名目ウェイト、実績反映後の支払寄与、そして総報酬に対する割合は、それぞれ異なる数値です。これを混同すれば、気候関連報酬の強さを見誤ることになります。
第三に、測定基準です。GHG排出量を使うとしても、スコープ1だけなのか、スコープ2を含むのか。スコープ2はロケーション基準なのか、マーケット基準なのか。測定基準が変われば、経営者に与える行動インセンティブも変わります。
第四に、目標の野心度です。目標を達成したかどうかだけでは足りません。その目標は十分に挑戦的だったのか。すでに達成済みの水準に近い目標を置いていなかったか。外部環境の変化によって容易に達成された場合、報酬委員会はどう調整したのか。
この四点を問わなければ、「気候関連指標を役員報酬に反映している」という開示は、報酬連動の実効性を評価する材料にはなりません。
RELXは、読み方を学ぶための素材である
この観点から参考になるのが、RELX plcのアニュアル・レポートにおける役員報酬開示です。RELXは、英国に本社を置くグローバルな情報サービス・分析企業です。
RELXは、年次インセンティブ・プラン(AIP)の中に非財務指標を組み込んでいます。具体的には、その内訳として、炭素削減、紙使用量および廃棄物、社会的に責任あるサプライヤー、情報へのユニバーサル・アクセスを掲げています。
ただし、本稿の狙いは、RELXの開示を優れたサステナビリティ報酬開示として称賛することではありません。RELXの開示から学ぶべきなのは、気候関連指標について、報酬制度の中でどれだけの経済的インセンティブを持つのか、どの測定基準に基づくのか、どの程度挑戦的な目標に連動するのかを読み解く視点です。
RELXの開示は、そのための素材として有用です。関連項目が一覧で示されているため、気候関連報酬を「入っているかどうか」ではなく、「どれだけ効いているか」という視点で読むことができます。
しかし、開示の形式が整っていることは、気候関連指標が十分な経済的インセンティブを持っていることを意味しません。問題は、表の見た目ではなく、報酬制度の実質です。気候関連指標は報酬制度のどこに置かれているのか。どの測定基準に基づくのか。実績評価を経て、どの程度の支払に結び付いているのか。これらは、開示内容を分解して読まなければ分かりません。
つまりRELXの開示は、模範解答として読むべきものではなく、気候関連の報酬開示をどう分解し、どう評価するかの読み方を学ぶための事例なのです。







