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気候関連事項は、当期の財務数値に入ったのか――105件の注記から問う、既存会計基準の実効性

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2026年8月、Carbon Trackerは、米国証券取引委員会(SEC)が提案した気候関連開示規則の撤回に反対する意見書を提出しました。

Carbon Trackerは、気候変動やエネルギー転換が企業価値に影響する以上、投資家には、企業ごとの財務的影響を比較できる情報が必要だと主張します。とりわけ問題視しているのは、気候関連事項が財務報告上の仮定や見積りに重要な影響を及ぼし得るにもかかわらず、その影響を評価するための情報が、現在の財務諸表注記では十分に提供されていないことです。

ただし、この意見書が問うているのは、財務諸表に「気候」という言葉を増やすべきかどうかだけではありません。

減損テストでは、将来の販売数量、価格、コスト、操業期間などを見積もります。資産除去債務では、事業の終了時期や撤去費用を見積もります。耐用年数、公正価値、引当金、繰延税金資産についても、将来に関する仮定が必要になります。気候政策、炭素価格、エネルギー需要、技術転換などが、これらの仮定に重要な影響を与えるのであれば、既存の会計基準を適用する過程で考慮されなければなりません。

 

Carbon Trackerも、既存の会計基準やSECのガイダンスは、すでに気候関連リスクを財務諸表に反映することを求めているとの立場をとります。問題は、企業がそれをどのように考慮したのかを、財務諸表からほとんど確認できないことです。

企業が排出削減目標を掲げ、設備投資の判断に内部炭素価格を利用していると説明していても、減損テストに炭素価格を用いたのか、脱炭素化による需要減少を将来キャッシュ・フローに反映したのか、資産の廃止時期を見直したのかが分からなければ、投資家は財務諸表と気候戦略が整合しているかを確かめられません。

Carbon Trackerの過去の調査でも、企業が公表した排出削減目標のコスト、内部炭素価格、エネルギー転換の影響が、資産評価や残存耐用年数に反映されているようには見えないと指摘されていました。そのため、Carbon Trackerは、財務諸表とその他の企業報告との間に不整合があると評価していました。したがって、その問題提起は、気候関連事項を扱う会計基準がないことではなく、既存基準が実務でどのように適用されたのかを、投資家が財務諸表から検証できないことだと整理できます。

ここで問われているのは、気候関連事項を考慮したという結論ではありません。どのリスクや戦略が、どの会計上の仮定を通じて、どの資産・負債の測定に影響したのかを、投資家がたどれるかです。

 

設例が扱うのは、既存基準の適用である

2025年11月、IASBは「財務諸表における不確実性に関する開示」の設例を公表しました。設例では気候関連の事実関係が用いられていますが、そこで示される考え方は、規制、技術、市場その他の不確実性にも共通して適用されます。

この設例は、気候変動を理由に新たな資産や負債を認識する方法を示したものではありません。減損、公正価値、引当金などについて既存のIFRS会計基準を適用した結果、どのような情報を財務諸表で提供すべきかを具体化したものです。

その背景には、二つの懸念がありました。一つは、不確実性が財務諸表に及ぼす影響について、企業が提供する情報が不十分であることです。もう一つは、財務諸表の情報が、サステナビリティ開示など財務諸表外の情報と整合していないように見えることです。

この問題意識は、Carbon Trackerの指摘とも重なります。すなわち、気候関連事項を扱うための新しい会計処理がないことが問題なのではありません。既存の会計基準を適用する過程で、気候関連事項をどのように会計上の見積りへ反映したのかを、投資家が財務諸表から検証できるように説明しているかが問われているのです。

問われるのは、判断と説明の質

IASBの設例は、気候関連事項の影響に重要性があるか、重要な影響がないと判断した場合にも追加説明が必要か、測定に用いた仮定や見積りの不確実性をどこまで開示すべきか、といった判断を扱っています。焦点は、気候という独立した会計論点を追加することではなく、既存の重要性判断や見積りの不確実性に関する要求事項を、気候関連の事実関係にどう適用するかにあります。

例えば、脱炭素化によって製品需要が減少すれば、その影響は、減損テストや繰延税金資産の回収可能性に用いる将来予測に関係します。炭素価格が将来の支出を増加させれば、将来キャッシュ・フローや引当金の測定に関係します。規制強化によって設備の使用期間が短くなれば、耐用年数や資産除去債務に関係します。

いずれも、既存の会計基準が以前から扱ってきた見積りや判断です。IASBが示したのは、新しい「気候会計」ではありません。気候関連事項を既存基準の適用過程でどのように考慮し、その結果としてどのような判断に至ったのかを、投資家が財務諸表から理解できるように説明する必要性です。

この位置づけは、設例に適用開始日が設けられていないことにも表れています。設例は、新たな強制適用日を伴う基準改正ではありません。ただしIASBは、設例の公表によって財務報告を変更する必要がある企業には、適時の対応を期待しています。

 

調査対象と検索条件

そこで、日本企業の財務諸表では、気候関連の不確実性と会計上の見積りとの関係が、どの程度明示されているのかを調査しました。

対象は、決算日が2025年12月31日から2026年3月31日までの上場企業が提出した有価証券報告書です。この期間を対象としたのは、設例が2025年11月に最終化される以前から、企業がその内容を把握し、財務報告への反映を検討できる状況にあったためです。

IASBは2025年6月、適時かつ十分な情報に基づく適用を支援するため、同年第3四半期初めに設例のほぼ最終版を公表する方針を決定しました。これを受け、IFRS財団は同年7月、企業に最終化前の内容を早期に示すことを目的として、ほぼ最終版のスタッフ・ドラフトを公表しました。11月に公表された最終版とこのスタッフ・ドラフトとの差異は、軽微な編集上の修正に限られました。

このため、少なくとも2025年12月期以降の財務諸表については、企業が設例の内容を踏まえて開示を検討し得る状況にあったと判断しました。そこで、2025年12月期から2026年3月期までを調査対象としました。

連結財務諸表及び個別財務諸表の注記事項から、「気候」「脱炭素」「炭素価格」のいずれかを含む記載を検索しました。「気候」は気候変動や気候関連リスクを直接記載した事例を、「脱炭素」は規制、技術、市場、需要の変化といった移行リスクを、「炭素価格」は将来キャッシュ・フローなどの具体的な会計上の仮定に反映された事例を捉えるための検索語です。

単語ではなく、当期の測定を見る

調査の目的は、これらの言葉の出現数を数えることではありません。各記載について、気候変動、脱炭素政策又は炭素価格の変化が、需要、価格、コスト、操業期間、将来課税所得又は将来キャッシュ・フローにどのような影響を及ぼし、その影響を当期の会計上の測定又は見積りに織り込んだことが読み取れるかを確認しました。

例えば、企業結合の目的として「脱炭素社会への貢献」と記載されていても、取得した資産・負債やのれんの測定への影響が示されていなければ、該当事例とはしません。

これに対し、脱炭素化による需要減少を当期の将来課税所得に織り込み、繰延税金資産の回収可能性に反映したと説明されていれば、当期の見積りへの反映を確認できます。ただし、将来そのような需要減少が発生した場合に見積りを変更する可能性を述べるだけでは、当期に反映したとは判定しません。

もっとも、本調査は、気候関連事項と会計上の仮定との関係が財務諸表に明示された事例を対象としています。このため、企業が気候関連事項を見積りに織り込みながら、その関係を財務諸表で説明していない場合は捕捉できません。

しかし、その関係が示されていなければ、投資家も、財務諸表外で説明されたリスクや戦略が会計上の仮定に反映されているかを確認できません。

したがって、今回調べたのは、気候関連事項を内部で考慮した企業の総数ではなく、当期の測定又は会計上の見積りに実際に反映したことを、財務諸表からたどれる形で説明した事例です。

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