TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の取組みを追ってきた人なら、毎年公表されていたStatus Reportを覚えているでしょう。
世界の企業が、TCFDの11の推奨開示項目をどこまで開示するようになったのか。開示状況を継続的に調べることで、気候関連開示が世界でどこまで広がったかを追う報告書でした。
そのTCFDは2023年に活動を終了しました。しかし、企業の気候関連開示の進展をモニターする役割まで終わったわけではありません。その役割はIFRS財団へ引き継がれました。IFRS財団は2024年11月、その役割の下で『Progress on Corporate Climate-related Disclosures—2024 Report』を公表しました。
ここまでは、TCFDのStatus Reportが別の主体に引き継がれた、と理解しても不思議ではありません。
ところが、その次が見当たりません。2026年9月現在、2025年版の『Progress on Corporate Climate-related Disclosures』は公表されていないため、TCFD時代のように、世界の企業について毎年同じ方法で開示状況を追う報告書も確認できないのです。
モニタリングは引き継がれたはずなのに、なぜ「次のStatus Report」がないのでしょうか。本稿では、この疑問を手掛かりに、ISSB時代に「開示の進展」がどのように捉えられるようになったのかを追っていきます。
TCFD Status Reportは、何を測っていたのか
この疑問を考える前に、TCFD Status Reportがそもそも何を測っていたのかを確認しておきましょう。
TCFDが2017年に公表した提言は、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標という4つの柱と、その下に置かれた11の推奨開示項目から構成されていました。企業が気候関連のリスクと機会について、投資家などの意思決定に有用な情報を提供するための共通的な枠組みです。
TCFDは企業に直接適用される開示基準ではなく、「推奨事項」として出発しました。その後、各法域でTCFDに沿った開示を法令や上場規則に取り込む動きが広がったことから、企業によってはTCFD対応が常に任意だったわけではありません。それでも、世界全体でTCFDの浸透状況を捉えるには、企業が推奨された情報をどこまで開示するようになったかを見ることに意味がありました。
企業の対応には幅がありました。ガバナンスについては説明していても、戦略やシナリオ分析までは踏み込まない企業もあります。温室効果ガス排出量を開示していても、気候関連リスクが事業や財務にどう影響するかまでは示していないケースもあります。その一方で、11項目のほぼすべてに沿って情報を提供する企業もありました。
TCFD Status Reportは、こうした違いを企業報告から継続的に観測しました。「TCFDに対応しているか」を一つの○×で判定するのではなく、11の推奨開示項目のうち、何項目について情報が開示されているかを調べることにより、その変化を追っていったのです。
そのため、「少なくとも1項目を開示した企業は何%か」「5項目以上では何%か」「11項目すべてでは何%か」といった数字に意味がありました。前年より開示する企業が増え、1項目、5項目、11項目とカバーする範囲が広がれば、TCFDが企業実務に浸透していることを確認できるからです。
このように、TCFD Status Reportが観測していたのは、いわば企業レベルでの開示の普及でした。企業の報告書を集め、同じ11項目という物差しを当て、年を追って比較する。TCFD時代には、この一つの方法によって、世界の気候関連開示がどこまで広がったのかを一定程度捉えることができたのです。
2024年までは、その物差しが確かに引き継がれた
2023年7月、FSB(Financial Stability Board、金融安定理事会)は、ISSBによるIFRS S1とIFRS S2の公表を受け、企業の気候関連開示の進展をモニターする役割を、翌年からTCFDに代わってIFRS財団が担うよう要請しました。FSBは、各国の金融当局や国際的な基準設定主体の連携を通じて、世界の金融システムの安定を促進する国際機関です。
その引継ぎが具体的な形になったのが、IFRS財団が2024年11月に公表した『Progress on Corporate Climate-related Disclosures—2024 Report』です。
同報告書は、TCFDが行ってきた11の推奨開示項目についての企業の進展の記録を継続するものと明記されています。3,814社の上場企業について2022年度と2023年度の報告書を分析した結果、2023年度には、少なくとも1項目に沿った情報を開示した企業が82%、5項目以上が44%、11項目すべてでは2~3%でした。平均開示項目数も、2022年度の5.1項目から2023年度の5.2項目へ増加しています。
つまり、調査主体はTCFDからIFRS財団へ移ったものの、2024年までは、企業の報告書に同じ11項目という物差しを当てることで、開示の広がりを追う方法が確かに引き継がれていました。それにもかかわらず、その後、同じ方法で企業の開示状況を追った2025年版は見当たりません。
モニタリングが途切れたのでしょうか。それとも、「次の一冊」を探すこと自体が、現在の開示の進展を捉える方法として合わなくなっているのでしょうか。






